wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

水野章二『里山の成立』

本日はルーティンでまわる図書館のうち唯一所蔵されている雑誌のコピーを頼むと、24枚で840円も請求された。しかも教員ならセルフで半額になりますと後で教えられる始末。そういうことなら最初に値段を確認しておけばよかったのだが、興味深い史料紹介にテンションが上がったのが失敗だった。こういう情けない貧乏生活を続けているため、ここ数年は専門関係の書物はほとんど買わなくなってしまい、ここで備忘を記しているのもずれたものばかりになった。そんな中で10月の某学会で唯一購入したのが本書http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b208498.html。といっても論文集ではなく、既発表論文の成果も踏まえて、「他分野の人に読んでもらうつもりで」書き下ろされたもの。全体は他分野と中世史研究を架橋した序章、里山に相当する史料用語としての後山の意味、荘園制的枠組みと村落領域との関係、絵画史料にみえる里山、樹木の機能、村による資源管理などの諸論点を提示した第1章から第6章、近江国菅浦を典型的な湖岸集落と評価して、網野非農業民説を厳しく批判した終章からなる。とりわけ感心させられるのが、中世前期村落史研究者としてのスタンスを維持しながら、丁寧に史料を読み解くことで、中世の里山空間の特質を浮かび上がらせているところで、そのために考古学・現地調査の成果もふんだんに取り入れられ、専門書として説得力のあるものになっている。ともすれば村掟など中世後期の村落史料に走りがちなのだが、それらは最小限に抑えられており、自らの学問スタイルに内在しているところがさすがというほかない。なおあとがきでは、「関西では上からの視点の研究ばかりで、正面から在地社会を考えようという研究者は、ほとんど絶滅危惧種になりつつある」とまで嘆かれている。都市の消費からこの問題を考えている当方はとかく乱開発に目が行きがちで、著者とは少し議論になったことがあるが、村落の役割についてはちゃんと踏まえておく必要があることが再確認された。