wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

「戦雲‐いくさふむ‐」

本日は中百舌鳥1限。帰路の梅田地下街が大改修で方向感覚を失ってしまったが、バスに乗り継ぎ、水曜割引を利用して表題の映画を鑑賞。近年急速に進む先島での自衛隊ミサイル基地建設を題材にしたドキュメンタリー。語りもつとめた「いのちと暮らしを守るオバーたちの会」会長の女性の琉歌(石垣島のため本島とは異なるかもしれない)が達者で、発言も個性的。サイトによると戦争で家族4人を失い、英語を学び国際線の客室乗務員として働いた経験を有し、白保の新空港反対運動から環境保護平和運動に取り組まれているとのこと。ちょうど本日別の媒体でもお見かけしたが、なかなか興味深い人生。革新に札を入れたことはないという与那国島のカジキマグロの老漁師もいいアクセントになっていた。先日の岸田首相訪米で米の対中戦略のパシりとして雁字搦めで組み込まれ、まさにその最前線におかれた地域。ともかく不測の事態にならないことを願うばかり。

映画『戦雲 -いくさふむ-』公式サイト|三上智恵監督最新作

中野博文『暴力とポピュリズムのアメリカ史』

本日は枚方3コマ。花粉症が収束しない中、何とか無事終える。電車読書は1月衝動買いシリーズの最後でタイトル買いしたもの。2021年米国連邦議会襲撃事件を冒頭に配し、その主体となった合衆国憲法の悪政を行う政権を打倒するための武力を一般市民に保障したことで、設立が許されている民間武装団体としてのミリシアについて、その出発点となったイギリスが北米植民地を建設したときに設置されたミリシアから説き起こし、人民武装理念の史的展開として、歴史を辿ったもの。植民地で設立されたミリシアは全員参加の共和主義的性格を有する一方で、フロンティアでは先住民や他の列強の植民地との紛争を暴力的に解決する組織としてしばしば植民地政府にも反抗的姿勢をみせていた。独立革命の発端になったのも英軍がミリシアの武器を奪おうとしたことで、憲法修正第二条で「よく規律されたミリシアは、自由な国家の安全にとって必要であるので、人民が武器を保有し携帯する権利を侵してはならない」と規定された、その一方で遠征軍として大陸軍が存在し、反抗的で充分な訓練を受けていないミリシアは扱いにくいものだった。その結果、19世紀前半に全員参加から志願兵のミリシアになり、州政府が士官を任命する州軍と呼ばれるようになった。正規軍の規模を最低限できたのも、予備軍としての州軍が存在したことによる。その一方で専制政治と戦う市民組織としての側面も維持され、連邦政府への反抗、普通選挙後は政党との関係性を強化し、圧力団体としても機能する。しかし州軍が予備軍化したたため、公民権法が南部の州自治への介入とみなした人々が、連邦政府専制と戦う組織として民間ミリシア団体が設立され、2021年の事件に至るという。つまるところフロンティアにおける特権意識・暴力性を内包したままという独特の性格ということになるか。なお南北戦争における南軍の動き、その後のKKKあたりについてはもう少し説明が欲しかったところ。それとからむのだが、人種対立が少なく、まだ開発が十分に進んでいない地域として、ミシシッピがあげられ(142頁)、もろディープ・サウスのはずで違和感を感じ、115頁の地図を確認したところ、凡例「南部連合の奴隷州」が一つも存在せず、南軍地域が「連邦支配下準州」に充てられていた。とんでもないミスだと思うのだが、誰も指摘しなかったのか本日閲覧のHPにも訂正が表示されておらず。日本社会にまともに仕事ができる組織が一つでも残っているのだろうか・・・。

暴力とポピュリズムのアメリカ史 - 岩波書店

飯島渉『感染症の歴史学』

本日は組合執行委員会。課題は山積み、長年屋台骨を支えてきた方も近い将来の引退を表明され、前途多難の予感。そんな中、著者名をみて何も考えずに購入していた表題書を読了。著者について中国近代史における当該分野の専門家と認識していたが、「中国史の研究者として出発し、その後は感染症歴史学に関心を移した」(83頁)とあり、まず同時代の現状記録として「新型コロナのパンデミック」を扱った上で、天然痘・ペスト・マラリアと古代以来の世界的な感染症にまつわるトピックを紹介し、最後に「疫病史観をこえて」として、「感染症が歴史を変えたのではなく、感染症の衝撃の中で、人間が社会を変えた」として、「衝撃の程度や内容、変化のあり方やその理由をていねいに明らかにすることが、感染症歴史学の課題」だとされる。個々の出来事にとらわれすぎることなく、全体像を俯瞰的に捉えるべきという戒めとして、肝に銘じておきたい。また資料保存の重要性が強調され、著者自身が学術会議の「新型コロナウイルス感染症パンデミックをめぐる資料、記録、記憶の保全と継承のために」との提言に関わったとのこと。こちらも重要な視点で、全体として個別知識を伝えるというより、歴史学の方法論を提示する書。

感染症の歴史学 - 岩波書店

「ミッドサマー ディレクターズカット版」

近所の映画館で一週間限定上映をしていたので鑑賞。文化人類学のフィールドワーク心得的な論及を見かけたこともあって、出かけたもの・・・。実際は単なるホラー映画として構想されたもので、アメリカ人の大学院生グループが現地を訪れたのも、現地出身者が意図的に引き入れたのが理由。確かにこれをしたら問題になるという行為が描かれていたが、逆にほぼ次に何が起こるかは観ていて予測可能で、こんなものだったのかという感覚。観客はほぼほぼ若い男女が一人で来ており、当方が最年長か。

ミッドサマー ディレクターズカット版 : 作品情報 - 映画.com

元木泰雄さんのこと

突然の訃報に驚き、本日のお通夜に参列させていただく。ここ一年ほどは闘病生活を続けられていたとのこと。当方が大学院に入ったころ、大阪歴史学会の編集委員をされていたということもあって、何度か飲みに連れて行っていただいた。ホテルのバーに入ったのもそれが初めて。そのせいか大先生のイメージが最初からあったのだが、まだその頃は30代半ばだったよう(本日同級生の方にお伺いしたところによると、学部生時代から教員に見間違えられるほどだったらしい)。その後、大きな接点があったのが、2010年刊行の『新修神戸市史歴史編Ⅱ古代・中世』(いつの間にかデジタル公開されている)。執筆者に穴が空いたということで、前年春に市沢哲さんのご推薦で当方が選ばれ、監修者だった元木さんから直々にお願いしますと言われ、恐縮至極だった。その時点で大輪田に関する論文1本しかなかったが、空前絶後の夏休みの突貫作業で何とか仕上げることができた。監修者としていくつかご意見をたまわり、満足していただけたかはわからないが、自分なりの兵庫のイメージをつくることができ、当方には大変有意義な機会となった。学会とは距離を置かれていたこともあって、最後にお目にかかったのがいつだったのかも記憶にないが、精力的なお仕事を続けてこられているのを横目で見ていた。門下生も多数育てられ、コンセプトそのものには不満はあるのだが、『京都の中世史』はその集大成というべきもの。とにかく学恩に感謝し合掌。

岡野八代『ケアの倫理』

本日は中百舌鳥1限、金曜日は来週から(しかも徒歩圏内)なので、今週の外仕事は一段落。ただ久しぶりにしゃべると喉はボロボロに。そんな中で電車読書は一月に衝動買いしていたもの。子育て・介護など近代家族では女性の無償労働とされてきたケアについて、フェミニズムがいかにそれを「発見」し、「正義の倫理」(公)と「ケアの倫理」(私)という公私二元論への根源的批判から、新しい人間観と社会像、それを取り入れた平和論・環境正義論について論じたもの。ここの論者の背景も含めて研究史をたどる議論は大枠としてはわかりやすかったが、著作の解説部分は区切りが少なすぎて細切れの電車読書にはやや難解だった。最後はコロナ・パンデミックにおける小中高への全国一斉休校への批判。Twitter上の観測だが、共通テスト・定期試験・入試が終了して自らの身に降りかからない男性大学教員の間では、アベノマスクをこき下ろしていてもこちらは「唯一まとも」と評価する向きが高かった印象。今年正月の能登半島地震でも被災者のケアよりも全体状況を鑑みるべきというのが大勢のようで、著者のいう社会の実現にはほど遠いのがアカデミズムも含めた現状か・・・。

ケアの倫理 - 岩波書店