wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(お仕事募集中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

三村太郎『天文学の誕生』

本日は千里山。帰宅予定が早く久しぶりに布団を干せたが、駅までの行き帰りで汗だく。電車読書は秋の講義の関係で衝動買いしていたもの。副題が「イスラーム文化がもたらしたもの」とあるように、ギリシア天文学がアッバース朝に受け継がれ、計算法を含むインド天文学と融合するとともに、二元論批判などの必要から厳密な論証手続きが発達し、幾何天文学が構築されたことで、コペルニクスの前提となったというのが、2010年刊行の同名書。今回は新たに、キリスト教東西分裂の影響で、ラテン語による数学諸科に関わる教科書が必要となり、アラビア語から大量に翻訳が進められ(いわゆる一二世紀ルネサンス)、それを前提にコペルニクスが地球中心モデルを太陽中心モデルに置き換えたところまでが述べられる。大雑把な推移は理解していたところだが、その詳細を知ることができ、またギリシア科学の論理学としての伝統が、その後の前提になっていることが確認できた。

『天文学の誕生 イスラーム文化がもたらしたもの』(三村 太郎)|講談社

前田健太郎『道徳を競う帝国』

本日は組合事務所。行きは大雨だったが、帰りは小康状態(それでも土曜日がリモートになり、いろいろ予定が狂う)。書店でふとタイトルに惹かれ衝動買いしたもの。マイノリティの権利が脱植民地化という国際情勢によって進展したものとし、従来の西洋政治思想史における民主主義の発展によるという考えを否定したもの。日露戦争の日本の勝利が人種差別を国際的問題に浮上させ、アメリカ黒人の権利運動に刺激を与えた。第一次大戦後の民族自決論、とりわけ三・一独立運動が大日本帝国に打撃を与え、その対応としての朝鮮の工業化が帝国の拡大をもたらし、内地に逆流して軍国主義体制を成立させる。大日本帝国の解体がヨーロッパ帝国の脱植民地化につながり、人種差別撤廃が提起される一方で、日本では植民地出身者の国籍が剥奪されたことで、マイノリティが外国人と位置づけられた。冷戦期に第三世界の支持を調達する必要があったアメリカでは黒人公民権運動が成功し、それに反発する白人男性を味方につけることで女性の地位も向上したが、朝鮮半島が分断されたため在日コリアンの地位改善は不充分のままで、女性の地位にも波及しなかった。その後のアメリカは曲がりなりにも女性の権利を掲げたソ連との対抗から人権を国際的争点に押し上げ、貿易摩擦を抱える日本もそれに対応せざる得なくなった。また韓国の民主化も脱植民地化の圧力を日本にもたらした。ソ連が解体するとアメリカに対して道徳的な優位を主張する勢力が退場し、トランプを登場させるに至る。一方の日本では経済的優位を失い植民地支配の責任が問われる中で、安倍政権は「慰安婦」を「女性活躍」で上書きするとで、ヒラリーの支持を得たとする。単純化すればマイノリティの権利の改善は、それが他国からどのように評価されるかという「国益」に合致すれば行われるという身も蓋もない議論。なお著者は国力が長期低落傾向に陥っている今後の日本は、多様な人々を受け入れ、包摂できるような国になることで、ソフト・パワーの獲得になるとするが、その根拠は特に示されていない。

NHKブックス No.1300 道徳を競う帝国 マイノリティの権利はどこからきたのか | NHK出版

小野容照『親日派』

本日は組合事務所から街宣と会議。電車読書は書店で見かけ祖母(祇園の芸者の娘らしく、日本に留学していた両班地主の息子とともに渡朝・ただし本妻は朝鮮人。が世話になったらしい人の名前を見かけたので(祇園の芸者の娘らしく、日本に留学していた両班地主の息子とともに渡朝・ただし本妻は朝鮮人。1936年に男性が死去したため「ハタさん」の伝手で満洲生活必需品株式会社に勤務、1946年に息子二人と共に帰日、1970年代に来日した「ハタさん」に会いに行ったことがあるらしい。会社役員名簿には「秦学文」の名がある)、衝動買いしたもの。韓国併合・「光復」から朝鮮戦争・軍事独裁政権期・民主化以後の歴史を辿ったもの。戦後直後には「対日協力者」として反民族行為処罰法が制定されるが、三・一独立運動の担い手で共産主義者と対立して大韓民国臨時政府を去りアメリカで活動していた李承晩が事実上廃案とし、米占領軍に登用された警察官を筆頭に親日派は政界・軍の中枢を占め続けた。その後に民主化が進展したことで「親日派の精算」と「権威主義体制の精算」が結びついたことで、それを求める進歩派と戦後体制を擁護する保守派の対立になったという。1990年にカナダに住む李完用のひ孫が相続できるはずの土地が第三者に渡っているとして提訴し勝訴してから、土地問題が現在まで争点になっているなど(もともと戦後直後に親日派の土地没収政策があったとのこと)、この問題の深刻さが理解でき、著者の叙述も冷静。なお祖父家は仁川に広大な土地を所有していたらしいが、朝鮮戦争で失われたらしい。

親日派―売国と愛国の韓国史 -小野容照 著|中公新書|中央公論新社

「長篠」

本日は中百舌鳥1限。やることは山積みなのだが、帰路のドンピシャ・タイミングで最寄り駅の映画館で上映。俳優がカツラではなく月代・在来馬の使用などが流れていたため観覧することに。尺の半分以上は武田軍が突入する前夜の、慎重派の重臣らによる軍議(勝頼とその取り巻きとして描かれる跡部・長坂・秋山摂津は別の場所)。堂々めぐりで一般のコメントをみても評判は良くないが、なぜ敗戦必至にもかかわらず勇猛果敢に突撃することになったのかという「問」に、そもそも「問」が歴史的事実かどうかを抜きにしてみると、戦国時代人的な納得の論理を得るまでの過程としてリアリティは確かにある。HPで著名歴史学者が並んでコメントを寄せているのもそのためだろう。俳優も全く存じ上げないが、舞台経験は豊富な方たちと思われ、個性は描き分けられていた。信長の小者感はあえて監督の趣味だろう(軍議での会話では大物)。そういう意味で同業者は観ておくべきか。なお在来馬は高さ的にはそのように見えたが、地表から騎乗する人間の頭までの全体を映したシーンはなかったように思える。

映画『長篠』公式サイト

栗林文夫『廃仏毀釈はなぜ起きたのか』

本日は千里山。授業準備が最後まで行き着いていないのだが、今週中に試験問題を作成しなければならない(以前は最後を白紙にして教室で記すこともあったが、立ち会いを免除されている追試問題も同時に提出することになっており、その方法も採れず)。それでも電車読書の備忘だけは片づけておく。講義がらみをあって春のフェアで購入したもの。全寺院を廃止という大藩では唯一となった薩摩藩の廃仏毀釈について、通説が用いた実施者による備忘録の不備を指摘し、改めて前史からの過程、楠公社・招魂社などの創建と仏教的な神体撤去がもたらした旧来の神社への影響、明治9年「信教の自由」後の寺院の広がり(近世には禁止されていた真宗が最大勢力になる)までを、実証的に明らかにしたもの。平田国学・藩主の主導ではなく、四人の藩士の提言がきっかけになったこと、民衆が主体的に参加したわけではなく上から推進されたこと、石仏は破壊・仏像は燃やされたが文書などは藩庁に集められ西南戦争で焼失したものがあること、など全体像が示される。大変勉強になったが、著者が「はじめに」で記し、本書の紹介でも大々的に記されるSNS社会における情報発信に擬えるのはやや疑問。祟りなどを否定する合理主義的な仏教論(京博で道真の祟り部分を外した松平定信の「天神縁起」にも驚いた)・幕末の鋳銭事業のための梵鐘・金属物具の大々的な収集など、寺院不要論は共通理解になっていたように見える。当初あった由緒ある少数の寺院のみ残すというのもあっさり変更され、藩主の祈願寺までスムーズに廃寺になるのもそのためだろう。著者が明らかにしているように、廃寺後の僧侶の生活補償までを念頭に置くような「合理的」なプログラムとして遂行された点にこそ特徴を見出すべきではないか。

山川出版社オンラインショップ

藤本龍児『宗教のアメリカ』

本日は組合事務所。夕方の会議資料を作成して、NDLで講義で使える文献を漁っていたが、帰路に上部団体から原稿依頼があったことに思い出す。明日もあるが、同時並行だと頭がパンクする情けなさ。それでも電車読書の備忘だけは片づけておく。昨年別レーベルの類書はスルーしたのだが、ますます混迷を深める中で衝動買いしていたもの。メイフラワー号から第二次トランプ政権までのスパンで表題のテーマについて縦横無尽に論じられる。あとがきによると著者が担当する「宗教学」「社会思想史」「共生文明論」「社会哲学」などの講義・ゼミをもとにしたとのことで、ある程度は時代順に沿っているが、歴史書というより思想にも踏み込んだもので、1940年代の福音派の成立よりも、レジームとしての「ユダヤーキリスト教」的世界観を成り立ちをより深いところから位置づける。そして21世紀を近代化の先に改めて宗教が影響力を持つようになってきた世界とし、最も近代化を果たし、かつ宗教的でもあるアメリカが、この世界的な地殻変動の中心になっている評価。たしかにここ数年躍起になって進められている月面基地建設は、ジェット燃料で温暖化を加速させての「ノアの方舟」運動にしかみえず、置き去りにされる日本で暮らす身としては、ますます展望が見えない世界。

宗教のアメリカ/藤本 龍児|岩波新書 - 岩波書店

京都市歴史資料館「真如堂の歴史と信仰」

続いて京阪電車で4駅300円(昨年爆上がり)費やして表題の展覧会へ。龍谷ミュージアムと共同調査が行われたとのことで、古文書類はここで展示(一部は展示替え)。しかも鎌倉期から尼崎市域の所領で、永正12年の所領目録にも登場し(この時点で当知行されていたかは微妙だが、鎌倉期の文書にみえない名前が登場)、あわてて書き写す。ただ帰りに窓口をみると、展示替えで観ることができなかった文書も含め、当方が必要な文書は全て有料図録に掲載されていたので購入。以前は白黒無料パンフがあったはずだが、それに代わって刊行されるようになった模様。なお永正の所領目録には白河周辺の地名が多数登場し(最勝寺などもあった)、そちらも興味深いのだが、写真は巻頭部分だけなのは断念(なお撮影は禁止)。帰路にバス停の場所を間違い、結局は河原町まで歩く羽目になったが、何はともあれ有益。

京都市:京都市歴史資料館 特別展「真如堂の歴史と信仰」の開催