wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

外村大『朝鮮人強制連行』

GW後半は最初はエンジンがかからなかったが、47歳になってからようやく来週末の報告のためレジュメ作りにとりかかるももの、期待通りには話が膨らまず苦慮している状況。そうはいっても仕事ははじまり電車読書も再開http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1203/sin_k641.html。とかく当事者の証言中心に取り上げられることが多かった表題の問題について、政府の制度的位置づけと政策の推移を基軸に分析したもの。日本帝国が行った労務動員は、あくまで戦争勝利に向けて合理的に労働力を配置し生産を増やすことを目的としていたにもかかわらず、現実に起こった動員の過程でのさまざなまあつれきや就労意欲のないものの動員先への配置は、むしろ戦争勝利の阻害要因となるものであった、というある意味ドライな問のもと、検討がされている。多数の統計資料が利用され、電車読書の細切れの中で十分に理解できたか心許ないが、いろいろ勉強になった。まず動員対象となった朝鮮の状況で、1935年時点で就学率17.6%・日本語理解率9.8%で農村部では無文字世帯が広範に見られ、44年時点でも連行者の100人に5人しか「大東亜戦争」について知らなかったという。皇民化政策・植民地近代性をめぐる議論などから何となくもう少し統合が進んでいるように誤解していたが、かなり前近代的状況が放置されていたことがわかる。そのなかで機械化・福利厚生の充実など生産性向上ではなく安易な低賃金労働力を求める炭鉱などの企業、多数の移入者を求める一方で日本人社会を維持するため定着は望まない日本政府、労働力保全農繁期労働力不足から消極的な朝鮮総督府、にもかかわらず政府に押し切られ場当たり的な動員を繰り返したことで、恫喝的な強制のみで合理的な労働力再配置が実現されなかったことが述べられる。最後の朝鮮人強制連行の歴史は”朝鮮人のために日本人が覚えておくべき歴史”ではなく、民主主義を欠いた社会において、十分な調査と準備を持たない組織が、無謀な目標を掲げて進めることが、もっとも弱い人々を犠牲にしていくことを示す事例として(略)記憶されるべき、というのが印象的。この企業努力なしに国家に依存する炭鉱企業と重なるのが私鉄各社のいやがらせ室内灯消し。ただちに電力需給が切迫しているわけではなく、諸情報から原発再稼働を認めさせるための脅しと思われるが、電車読書にとっても大変迷惑。この巨大利益共同体エゴのすさまじさはどうにかならないものか。