アマルティア・セン『貧困と飢饉』
本日から六甲台教養。迷路のような建物、教卓と離れた位置の収納ボックスにあるマイク・ケーブル、予想以上の受講者(登録は177)といろいろ戸惑うことが多かったが、何とか無事終える。ただこれで6コマ講義+週二日のフルタイム労働となり、この年にして空前の外部拘束勤務に…。そんななか電車読書の備忘。この間の一冊は結局ここに書かなかったので、随分間が空いてしまった。室町の飢饉についていろいろ引っかかるところがあったため、今更ながらに古典とされる表題書を衝動買いしたものhttps://www.iwanami.co.jp/book/b297931.html。FADによる食料の総供給料を問題にする考え方に対して、実際の飢饉発生のメカニズムにおいては、ある社会階層が食料獲得においてどのような危機に直面しているかこそが重要という「権原アプローチ」こそが重要であると対置したもの。最初の理論的考察は姫路の往復で読んだこともあり充分に頭に入っていないが、1943年ベンガル・1972~74年エチオピア・1973年サヘル地域・1974年バングラデシュにおけるケース・スタディは大変興味深いもの。直接的な不作よりも、戦時インフレによる価格高騰、購買力の低下、商業的農業による伝統的遊牧牧畜民への打撃、投機的米価高騰など、総供給量が満たされていても特定諸階層(とりわけ零細農業労働者・牧畜民など食料購入に依存している人々)が、食料獲得のための直接的・交易・交換という「権原」を失ったことが破局的な飢饉につながったというもの。最後の黒崎卓・山崎幸治両氏による訳書解説で、概ね認められながら一部の誤りが指摘され実証上は深化している一方で、著者の理論志向による抽象化がはらむ問題点も指摘されているというのが現状のようだが、いろいろと考えさせられるところ。通説的理解では15世紀の寒冷化がもっともおおきな要因とされているが、諸事例が示すような市場経済のいびつさなど、やはり経済構造の問題として説くべきだと思われる。先々月提出した論考でその一つは示したが、まだまだ色々とアプローチが必要だろう。