wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

兵藤裕己『後醍醐天皇』

本日は病院へ様子見。とっとと帰る予定だったのだが、市から簡易書留が届いており、またまた委任状を書かせ本局に行く羽目になり余計な時間をとってしまう。介護審査は病院で受けているにもかかわらず、誰もいない家に配達されるどうしようもない杓子定規のシステム。まあこれで先に進めることにはなったのだが…。そんなこんなで以前に衝動買いしていた表題書をようやく読了https://www.iwanami.co.jp/book/b355596.html。著者の『太平記』論は講義でずっと使わせており、先の岩波文庫本でも学恩を受けている(そのくせお名前を間違ってしまったが…。言い訳をすると音で「ひろみ」と覚えていたため「巳」と思い込んでしまった)。内容的には全体の枠組みを語る巻1の後醍醐の不徳、巻12・13の建武新政の失政を原太平記足利直義による改変と見なし、文観の評価についても先行研究によりながら見直しが必要だとする。なかでも「中宮御産祈祷」については、百瀬説まで遡って批判しいわゆる「異形の王権」像は全否定される。ただそれが全て認められるとしても、あくまで原太平記に描かれた後醍醐像で、それが歴史的事実のように示されている点には違和感が残る。ベースは佐藤進一説だが、近年では積極的な人材登用というより傍流故に抜擢せざるを得なかった側面が強調されており、東市正の評価についても疑問。また楠正成(著者は「楠木」説は近代歴史学の産物として否定する)の評価については、「散所長者」・「非農業民」説を肯定的に継承するが、これらはもはやマジック・ワードにすぎず、現実には広範に存在した階層類型に過ぎない(何と荘園代官まで入れ込んでいる)。文学論としてはわかるのだが、評伝とされるとやはり…。