wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

川北稔『イギリス近代史講義』

日曜日に某公募書類の締め切りが迫っているのに気づいてあわてて書き出したのだが、結局は完成することができなかった。相変わらず物忘れがひどくて困る。それはさておき本書は金曜日に購入してすぐに読み始め、月曜日の電車読書で読み終え、本日の「人類の歴史」で一部利用したという慌ただしさ。著者は言わずとしれた世界システム論の第一人者で、それをイギリス都市社会史と結びつけた独創的な研究を数々おこなってきた。といっても実は「人類の歴史」を担当するまでは、名前だけは知っていたが『歴史科学』の小論を読んだだけという不勉強さだった。そういう意味で仕方なく読み始めたのだが、消費という観点から世界システムの成立と展開を見通した議論は大変おもしろく、16~19世紀までの講義はほぼ著者の説の受け売りで行っている。そういうわけで本書も書店で見つけて早速購入して、少しでも講義内容の更新をはかろうとしたものである。エピローグによると本書は編集者および幾人かの研究者と院生に向けて「七時間前後」話した内容がもとになっているということで、すべて「ですます調」で記され、祭りの村の閉鎖性に対する嫌悪感が疎開経験とともに表明されている。内容はこれまでの著者の見解をベースにしているとはいえ、家族構造の変化や生活文化の都市化を産業革命の前提としてまずとらえ、「成長パラノイア」がもたらした工業化とその一方で成長率至上主義が現在まで続いていることが述べられ、イギリス衰退論争の評価に及んでいる。最初の工業化の前提から「イギリス病」までという長期の見通しの中で歴史的事象を評価すべきであるという著者の見解は、個別事象をピックアップした経済史研究への批判と相まって非常に説得的で、学ばなければならない姿勢といえ、なお新しいことに取り組むという意志もはじばしから感じられるhttp://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2880709。それと比べると余りにも狭いが、せめて木材資源を素材に生産から消費まで一貫して議論ができないかと思うようになったのも、著者の影響が大きい。