wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

萬代悠『三井大坂両替店』

引き続き電車読書の備忘。表題組織が行っていた借り入れを希望する顧客に対して、手代が調査した相手方の家族構成・人柄・業種・家計状態に関する身辺調査の記録(表題は「日用帳」)を分析したもの。何しろ史料が超一級で、家族間の不和・当主の放蕩など、相手方の史料を用いた先行研究では見落とされていた生々しい情報が明らかにされ、大変興味深い。その前提となる幕府公金を利用した延為替貸付という、債権保護を町奉行に訴えると最優先される仕組み、子供(丁稚)から元〆に至る出世の仕組みと待遇・給金といった組織論がしっかり押さえられており、構成としてもわかりやすい。その上で、このような両替商がおこなっていた信用調査が都市大坂の構成員に対する「防犯カメラ」として機能しており、それを抜きにした社会史研究がありえないという提起も重要。なお本書では言及されていないが、通俗道徳・勤勉という価値観が「優良顧客」たりうるという功利主義的意識に支えられていたことも、脱落者が「自己責任」を追求されるというのと表裏の関係にあったことを想定されるもの。ただ198頁摂津国西成郡下福島村は、飛び地かもしれないが普通は西区ではなく福島区とすべきではないか。

三井大坂両替店 -萬代悠 著|新書|中央公論新社