wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

成田龍一『近現代日本史と歴史学』

原稿に集中してブログは久しぶり・・・のはずが遅々として進まない。少し書いてはサボっての繰り返し、どうも意欲が減退気味でなかなか気合いが入らない。何とかならないものか。それでもこの間にちょくちょく研究会その他で出かけることがあり、読み継いで読了したのが本書http://www.chuko.co.jp/shinsho/2012/02/102150.html。戦後史学を1960年代ごろまでの「戦後歴史学」、70年代の「民衆史研究」、80年代以後の「社会史研究」「近代」批判の三期に分けて、明治維新Ⅰ開国から戦後社会論まで九章に分けてそれぞれの問題関心の推移を紹介したものだが、あまりよい印象を持つことはできなかった。まず第一期を教科書叙述と重ね合わせているが、戦後歴史学教科書検定との緊張関係を全く無視している。また主要研究者に生没年と~大学教授などといった肩書きが記されており、最近の権威化した歴史学会の常識かもしれないが(この数ヶ月で二度も嫌な思いをした。すっかり肩書きが研究をする時代になってしまったようだ)、生年は世代論として必要だろうが肩書きの意味は分からない。しかも遠山茂樹(本書に従い敬称は略)は初出では名前だけで後から東大史料から横浜資料館までの略歴が述べられ、田中彰は最初に発表した研究書の肩書きとして都留文科大学助教授が用いられその後は名前が記されるのみ、芝原拓自は後に大阪大学教授となる、ひろたまさきは大阪大学教授を務めたで一括されるなど、基準もはっきりしていない。さらに著者の意向か研究者の意向か分からないが、研究者の使う用語にママが付けられているのも目障りで(アジア・太平洋戦争の章ではアジア太平洋戦争はママ)、研究史の扱いとして非常に不遜な印象を受ける。また第三期の研究として取り上げられるのは非常に恣意的で、幕末政治史研究など全く無視されてしまっている分野がしばしばみられるのも問題。そもそも「第三期の歴史学は、第一期や第二期の見解とは、しばしば切断されています。歴史学研究として認知されることはなかなか難しく、第一期や第二期の歴史学を大切にする歴史家のなかには、ここで紹介したような研究の無視や排除の姿勢もみられます」(P154)というところに著者のスタンスが示されているが、切断を肯定して構わないのかなど大きな違和感はぬぐえなかった。