wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

J.H.エリオット『歴史ができるまで』

本日は姫路。七月末のはずの原稿が完成せず、採点にもとりかかれないまま八月もはや三日目。このところ窓側の座席が確保できず、立っている女性客に鞄をぶつけられ爆睡もできないまま、へろへろで仕事。ただ火曜日午後の試験監督(京阪の人身事故で、徒歩とバスで迂回しタクシー利用も20分遅刻とエラい目に遭ったが…)の往復時間もあり、だいぶ前に題名にも釣られ衝動買いしてしまった表題書を読了https://www.iwanami.co.jp/book/b287029.html。著者は1930年にイギリスで生まれたスペイン近世史家で、フランコ独裁政権期のカタルーニャに留学。スペイン・ナショナリズムともカタルーニャ・ナショナリズムとも距離を保ちながら「17世紀のスペインの衰退」という課題に切り込み、にもかかわらず最盛期を迎えた美術と文化、イギリスとの比較、米大陸に視野を拡大した大西洋史へと視点を拡大していったという自身の経験が、ブローデルへの反発から個人の果たした役割の重視など、全体的な史学史の中で位置づけられてる。さまざまな対象に対する比較史(訳語ではトランスナショナル・ヒストリー)へと至る道は、当方の指導教官のことも想起され、西欧中心史観がすこし気にはなるものの頭には入りやすかった。とくにアメリカのプリンストン高等研究所に移ったことで、個別のモノグラフというより大きな視座からの歴史書に重点を移していったようだ。それに比較して細々とモノグラフを出すことしかできない情けなさ、今度こそはと思っていたのだが、なかなか仕上がらない為躰。