wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

『現代思想11月号大学の終焉ー人文学の消滅』

先週はルーティンの他に、火曜日に前泊して水曜日に和歌山で科研の文書調査、木曜日は雑用、金曜日夜は実家の様子見といろいろ動き回ったのだが、和歌山行きの電車内ではずっと文書の予習をしており(おかげでわりとスムーズに選択はできた)、それ以外では寝ていたことも多く、久しぶりに電車読書の備忘http://www.seidosha.co.jp/index.php?9784791713080。『現代思想』では昨年10月の「大学崩壊」に続く大学問題の特集号で、地方国立大学の文部科学省による人文学系の転換方針が話題になったのを受けたもの。ただその受け止め方は論者によって、与党をはじめ政財界関係者の根深い「反人文学的主張」、数年前と同じでマスコミが報じたから問題になっただけなど、微妙に評価は異なっているようだ。また大学史と経済社会の関係を長期スパンでとらえた興味深い論考がある一方で、相変わらずのポスト・モダンのサイードかぶれ(日本人が日本でテニュアに安住しておいて、「亡命」とかいうのはちゃんちゃらおかしい)もあって特集号全体の評価としてはかなり微妙。また同誌は肩書を記さないため全ての論者の所属はわからないが、知る限りは主要国立大もしくは有名私大がほとんどを占めている印象で、大学問題を論じる上では偏っているようにも思える(東京の非常勤組合の方の悲痛な叫びというべき論考が、かなり浮いたトーンで収録されてはいたが)。なおこのところ自民党・外務省が一体となって大々的な歴史の書き換えが進められているにもかかわらず、日本近代史研究者の執筆者も含まれていなかった。書き手がいないのか、人文学からすでに見捨てられているのかわからないが、その点も不満なところ。すでにテニュアの道を断たれた当方は別にしても、このあおりを受けて地方国立大学の人事が止まると、学問そのものの存続も危うくなり、何とかそれだけは避けてほしいところ。避けてほしいといえば大阪ダブル選挙の雲行きが怪しいらしい。この暑いのにダウンを着た維新の両候補者が駅近くのコンビニ駐車場で取り巻きとウロウロしているのに昨日すれ違った時は、ほとんど無視されているようにみえたのだがどうしたことなのか。単なる古典的利権あさり集団に過ぎないにも関わらず、マスコミの太鼓持ちだけで8年間支えられるという「とんでも社会実験」(NHK大阪が開発した手法が東京にも持ち込まれたのだろう)は、今度こそきっぱり終わってもらいたいところ。