wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

和歌山市立博物館「葛城修験の世界」

ついで徒歩で表題の展覧会へ。県博と異なり展示リストがなく、HPにあがっているのも現在の友ヶ島での行者の写真と現役の神変大菩薩像(役行者像、近世作)だが、中世文書もそこそこ。海村史料として知られる向井家文書だが、「迎之坊」と称され、近世に聖護院門跡が大峯・熊野に入峯する際にも立ち寄ったという(最古は天正14年)。なかでも驚いたのが元応元年から応永三四年の年紀を有す8点の「先達引付」と名付けられた文書。最古の釈文が「元応元年八月三日/両山先達金剛峯寺阿闍梨禅慶数度」で、引付と明記されている文書2通のみ「高野山山伏引付事/律師長音/律師善観/五百文ツゝ/応永廿三年四月日」のように、銭の記載がみられる。どういう性格で何故に伝来したのか興味深いところ。図録には担当学芸員による「加太・向井家文書概説」が掲載されており、近世文書は修験関係で村政に関わるものはほとんどないとのこと。たまたまお目にかかることができたので、向井家の性格は是非深めてほしいとお願いしたところ。その他に和泉の犬鳴山・槇尾山・松尾寺の修験関係史料、施福寺の「永正十一年」銘経筒なども注目。あとの2寺について中世文書から修験は視野に余り入っておらず、トータルな把握が不可欠。

和歌山市立博物館ウェブサイト―展覧会