wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

大田由起夫『銭躍る東シナ海』

本日は枚方3コマ。先週が学祭休みだったこともあり、この二日で喉はガラガラに。さすがに帰りはグッタリしたが、タイトルに惹かれ衝動買いしてしまっていた表題書の備忘。明で1470年代に贅沢風潮が高まり、朝鮮・日本でも同様の現象が見られたとし、その背景に大陸の経済復興がありそれと同調していたとみる。それにともなって銭不足による撰銭的現象が大陸・朝鮮・日本で発生したとした上で、16世紀前半に日本での小休止、明での銀不足と朝鮮での採掘と流入があり、寧波の乱・琉球貿易の衰退など閉塞状況を打開することになったのが日本銀の産出と評価、その後の日本の貨幣使用状況(東の永楽銭、米遣いの成立など)をあれやこれや述べたもの。もっとも大きな疑問は15世紀後半の日本を経済成長と捉える根拠で、市場法の発布・京都の陶磁器出土(例の一人歩きしているもの)・朝鮮への偽使派遣ブーム(むしろ14世紀半ばに倭寇が急増するのと同様に評価すべきではないか)などだが納得できるものではない。日本の撰銭が博多から始まっているように、共時的と言うよりも明の影響を受けたものとみるべきではないか。「一回の利益こそ小規模(日明朝貢貿易の一〇分の一ほどの貿易総収入額)ではあったが、15世紀末前後のピーク時には年間100回を超える渡航が行われた対朝鮮貿易」(144・145頁)は幕府の遣明船と遣朝鮮船を比較した先行研究の完全な誤読だが、これも15世紀後半の経済発展の理由にされているっぽい。また最後に浦長瀬データに依りながら畿内各地の銭遣い・米遣いの特徴についてあれこれ述べているが、京都と奈良には銭は集まっているが摂津はそうではないという意味不明な前提をもとに、限られた売券の史料限界を超えた妄想。ちゃんと中国史でまとめてほしかったところ。

『銭躍る東シナ海 貨幣と贅沢の一五~一六世紀』(大田 由紀夫):講談社選書メチエ|講談社BOOK倶楽部