wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

小川さやか『都市を生きぬくための狡知』

昨年度のサントリー学芸賞として紹介されていたのを見て春休みから気になっていたのだが、最初に本屋に探しに行った時に見つけられなかったこともあり、新本で購入することをためらってしまったもの。それを月曜日の非常勤先の図書館でふと思い出し、火曜日から本日までの電車内(論文の読み残しは自宅)で読了したものhttp://sekaishisosha.co.jp/cgi-bin/search.cgi?mode=display&style=full&code=1513。序章・終章・各章のはじめの文章は、1978年生まれの著者の博士論文がもととなっていることもあってガチガチだが、中身は大変面白い。それというのも著者自身がタンザニアのムワンザ市に滞在して、古着の行商人(マチンガ)とインド系輸入業者から古着を仕入れる仲卸商人を経験して、ともに働いた「仲間」への取材を基礎としているからである(マチンガールとして現地では超有名人だったという)。マチンガたちの相手の購買能力・関係性により(リジギを判断すると称される)、同一商品を超高額から原価割れまでの多様な価格で販売するさまざまなテクニック、様々な口実で生活補助を要求するマチンガとそれをコントロールする仲卸との騙し合いと助け合いによる駆け引き、それが固定的な上下関係にもならず親類縁者でも親友でもない自立性を認め合った「仲間」としての関係、都市雑業者層やムカンボ(警官に組織された下層の取締役)との関係など、近代的な諸制度が未確立な状況で都市下層が不安定ながら自律的な活動領域を認められ、その日を生きぬいていく仕組みが、かれらの言葉を用いてウジャンジャ・エコノミーと概念づけて活写されている。こうした文献では決して見えない世界が生き生きと描かれているのが人類学のすごいところで、中世都市を考える上でも前提としてふまえておかなければならない。それとともに驚かされるのが、20代の日本人女性を受け入れるかれらの度量の大きさで(それこそが都市社会というべきか)、どのような関係性で日常を営んでいたのか(あとがきでは日本にいる著者に金銭をねだる姿が示唆されていたが)、新書か何かで書いてほしいところ。