wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

小島毅『義経の東アジア』

遅ればせながら昨日ようやく論文の筋が見えてきたのだが、本日は全く違うテーマの授業3コマ。久しぶりだったので家を出る時間を勘違いしていたが、幸い10分早くだったた特に影響はなく、授業も時間配分が余りよくなかったが何とか終了。そんなこんなで電車読書は昨秋に古本屋で見かけて衝動買いしてしまったもの。本書の原型は2005年の大河ドラマ放映時に刊行されたもので、昨年いくつかの小論を加えて別の出版社から再刊されている。2005年版が「いろいろな出版社の編集者たちの目にとま」ったようで、それが著者が日本史関係の著書をいくつも出版する契機になったとのことで、本書再刊もそのなかで実現したことらしい。2005年版はさるところから噂は聞いたが読んでおらず、著者の本は靖国に関する新書を一冊読んだのみである。それで遅ればせながら通読してみたのだが・・・。確かに著者自身が代表をつとめる大規模科研費いわゆる「にんぷろ」などの活動により急速に東アジア史の研究がすすんだため色あせた部分もあるのだが、5年前でももう少し書きようがあったような気がする。確かに宋がもし滅亡していたらという問いは日本史研究者には出せないものだろうが、鎌倉幕府が貿易に消極的な農本主義的権力だというのは余りにも図式的すぎるし、金需要のみで説明するのも問題だと思われる。むしろこの段階では宋人の経済活動に自然に組み込まれたみるべきで、それは金による宋の南遷以前から始まっている。また「義満王権簒奪論」についてもすでに否定的見解が有力だったのではないか。なおそれ以上に驚くのは脱線の多い歴史エッセイだと思われる本書を多くの編集者たちが注目したという著者の言明である。その後の出版活動からして、恐らく事実なのだろうが全くの謎という他ない。東京大学准教授・日本学術会議連携会員という肩書きのなせる技なのか。網野善彦亡きの後に古い時代の書き手として注目される日本史研究者が誰もいないということを意味するのなら(一人同じく多数の一般書を出版している人物は想起されるが)、それはそれで問題だろうhttp://www.transview.co.jp/books/9784901510929/top.htm