wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

三枝暁子『日本中世の民衆世界』

本日は枚方3コマ。この仕事は来年も続くが喉にはこたえる。電車読書はさすがにこれぐらいはと思い購入していたもの。著者が研究対象にしている北野神人について、その前史となる西京の成立から、中世の麹業の成立と独占、戦国期の武家被官化を経て、近世に神職としての神人身分の存続、近代の神仏分離以後の状況から現代までを逐ったもの。同時代の文献史料だけでなく、伝承されている由緒を歴史的背景とあわせてその実在可能性を大胆に解釈する。麹業の発生を干していた稲が濡れたカビとする由緒は、和泉黒鳥にもあったはずでどうかと思わないでもないが全体としては評価されるべき方法。著名な応永の請文が神人集団に伝えられていたというのは重要な指摘で、近世に神職化したというのは大山崎でもそのようで、そちらの生業ははっきりしないようだが北野はどうなのだろうか。なお著者が足繁く通い口絵写真にも掲載されている川井家は保存されず解体されてしまう。この点は客観的叙述だけでなく著者の見解も聞きたかったところ。

日本中世の民衆世界 - 岩波書店

兵庫県立考古博物館「丹波焼誕生ーはじまりの謎を探るー」

本日は業務の研究会が午前・午後に連続。ということで歴史博物館が改修工事中のため利用させてもらっている会場の展覧会を観覧。六古窯の一つである丹波焼について、かつては播磨の須恵器生産から展開したと考えられていたのが、渥美焼・常滑焼の影響から13世紀半ばに成立したとされるようになった経緯、ただ文様は渥美ではなく依頼者の意向を受けて和鏡などをまねて制作されたこと(蔵骨器として利用され、それが成立の契機)、中世の流通圏は限定され、現在も60ほどの窯元がコンパクトにまとまった形で存在し中世以来の様相を残していることが紹介される(窯構造は穴窯から近世に登り窯に転換)。展示には直接関わっていないが、研究会に参加している専門家に解説していただき大変勉強になった。展示品も清盛の福原邸との関係が指摘されている祇園遺跡出土品(渥美・土師器・青磁など)、成立期丹波焼の失敗したもの、蔵骨器として完形品に近い出土品など興味深い。図録までいただきありがたい限りだが、これもあと数ヶ月となってしまった。なお窯跡が住吉社領小野原庄に位置していることから、成立に住吉社の介在が推定されているが、そこまでいえるかは疑問。

秋季特別展 「丹波焼誕生-はじまりの謎を探る-」 | 兵庫県立 考古博物館

高山正也『図書館の日本文化史』

本日はルーティン姫路。退職までに有休を処理しないといけないのだが、朝用の回数券を残しておりいつもの6:49発。ところが三ノ宮まで座れず電車読書が思いかけず進行。国立公文書館館長を務めた方というので衝動買いしてしまったもの。ところがいきなり縄文時代から日本語が存在したと言いだし、「朝鮮の史料では二~三世紀にかけて、日本がたびたび朝鮮半島に出兵していた」とか、遣隋使を派遣した際に「日本は朝鮮半島の日本領を侵略する新羅を討つべく朝鮮半島に派兵しており」とかめちゃくちゃな叙述。このあたりは参考文献もないので新書編集部松田健氏の責任なのだろうが、続いて記紀の記述より早い時期に日本文化圏に漢字が浸透していたというのは、西尾幹二『国民の歴史』に依拠したものらしい。何しろこのあたりは小野則秋氏に依拠した部分以外はほぼ妄想。続く中世ではいかにも出版が隆盛していたような描き方で、近世では日本の識字率が高かった自慢。あげくの果てには江藤淳WGIPで完全なネトウヨ。苦痛のなか読み進め、あとがきによると大学の現役の仕事をやめるころから目覚めたらしい(それで国立公文書館の館長だったのか)。なお戦後の図書館についてもなぜかアメリカの図書館理念は評価、司書の地位が低いことを願いそれは労働組合のせい、その割にCCCの評価は高く本書もTRC社長のすすめとのこと。全体的になにをいっているか意味不明。多数の編著もあるようだが、図書館学そのものにもあきれはてるレベル。

筑摩書房 図書館の日本文化史 / 高山 正也 著

角田徳幸『たたらの実像をさぐる』

本日はお世話になっている某氏の依頼で、団体ご一行様をお城の専門家とともに姫路案内。姫路に通って7年目になるがこれまでほぼ素通りだったので、頼まれてから急遽下準備にかかり、寺町とそこに残る中世の痕跡(姫路城内で発見され、寺町に移転していた姫道山正明寺境内に奉納された中世の石塔の写真を下に掲げた)、総社と町割りのズレなどを紹介する。おりしも来年3月で離れることになったため、こういう機会も最初で最後。雨が止んで助かった。そういうわけで行きがけに読了したのが表題書。これまたこの仕事に関わらなければ、全く関わらなかった分野。浜田出身の東京帝国大学教授として日本の金属学の礎を築いた俵國一(1872~1958)は、1898年にたたら製鉄の実地調査を行い、それを退官後の1933年になってから『古来の砂鉄精錬法』として刊行した。本書は俵が紹介している現場で発掘調査を実施することで、たたら場の全体像(山内と呼称)を復元した成果を紹介したもの。そこから現存している奥出雲の菅谷鈩とは異なる、海運に適した海のたたら、さまざまな高殿の姿、鋼(日本刀の材料)の生産は少数であったことなど、現在の漠然としたイメージとは異なる像が示されている。多くの写真だけでなく、山内のイラストも掲載されており、イメージがしやすい。なお俵の取りあげた鈩の収支が紹介されているが、人件費は2割以下という安さで、収益の黒字もわずかで、廃絶間際とはいえ経営者も減価償却が可能だったのかというレベル。

たたらの実像をさぐる 山陰の製鉄遺跡|新泉社

正明寺所蔵板碑

 

森万佑子『韓国併合』

本日はルーティン姫路。確定申告に関する書類について4年分とあわせて5年分も提出してくれといわれいぶかしく思っていると、館長室に呼び出され今年度で雇用打ち切り通告。知事選後の状況をみて来年度までかなと思っていたが、一年早かった。奇特な方がいらっしゃれば仕事ください。そんなかでも電車読書は続き、衝動買いしていた表題書を読了。著者は存じ上げなかったが、東大の地域研究専攻、韓国留学は歴史専攻で、主著は『朝鮮外交の近代』という方で、清朝冊封期、大韓帝国皇帝期の新国家像の模索、保護国から併合までの過程を、支配層の動向を軸にたどったもの。王妃閔妃を日本軍に殺害された高宗のロシアを頼った明朝をモデルにした専制皇帝指向が、支配層の不協和音を強め、統一的な国家像を描けないまま、大日本帝国の圧力に屈していった状況が叙述される。閔妃殺害実行犯を裁判にかけたとのみ記し(55頁)、無罪判決という結果を記さないのはどうかと思うし、高宗が天皇に譲位するという形式にしなかったことを強調するのは突拍子な印象を受ける。また併合の全体像という点では、日本人移民・朝鮮民衆の動向が不可欠だろうが、韓国支配層が何を考えていたのかは勉強になった。さらに併合に関わる日韓研究者の相違を紹介した上で、欧米条約体制に参入した日本と、中華を追求しようとした朝鮮・韓国では、残された歴史資料の性格が根本的に異なるため、対等に付き合わせて議論することは難しいとした上で、多くの朝鮮人が日本の支配に合意せず、歓迎しなかった一方で、日本が朝鮮人から統治に対する「合意」や「正統性」を無理矢理にでも得ようとしたとするのは興味深い指摘。

韓国併合 -森万佑子 著|新書|中央公論新社

渡辺靖『アメリカとは何か』

週末は対面の研究会。いろいろと勉強させていただき、久しぶりにお目にかかってお話しさせていただいた方も何人か、お初の方もあった。当方は相変わらずの放言ばかりでしたが、いろいろありがとうございました。そんなわけで近場とはいえ、電車読書もすすみその備忘。記憶が曖昧だが、3000円でポイントアップというので衝動買いしていたもの。現代アメリカの政治状況を、「リベラル」「保守」「リバタリアン」「権威主義」の四象限に分類する構図をもとに、権威主義自国第一主義)・民主社会主義(リベラルの左派ポピュリズムと位置づけ)・リバタリアンの世界認識が、第二次大戦後に旧来のエリートエスタブリッシュメントが作り上げてきたリベラルな国際秩序から、遠心力をもってそれぞれ異質なものとなっている現状を紹介。今後の展望として人口動態が多様化し新しい価値観をもつ若い世代が中心になることでリベラル化するという楽観的なシナリオ、教育・経済格差の拡大が現状破壊を訴えるポピュリズムを支持する悲観的なシナリオが描かれる。ただ分裂の拡大の一方で、対中強硬路線のみが共有可能とされるところが気がかり。現米政権もそれを意識して中国には強硬・挑発路線をとっており、より短期的に別の悲観的なシナリオの可能性もより高いようにみえ、著者も言外にそれを支持しているように感じた。

アメリカとは何か 自画像と世界観をめぐる相剋 - 岩波書店

鵜飼秀徳『仏教の大東亜戦争』

本日は岡本2・4限。2限は始業時は前回欠席した一人のみであせったが、すぐに三人になり一安心・・・。空き時間は届いていた学術雑誌にあて、電車で昨日の読みさしの表題書を読了。何となく書店で見かけ衝動買いしていたもの。タイトルは「仏教界と戦争との関わり」を意識してつけられたもので、中身は廃仏毀釈島地黙雷の巻き返し(周防出身で長州閥との人脈あったというのは初めて知った)、日清・日露戦争への協力と外地への進出、「真俗二諦」「皇道仏教」「一殺多生」などの教学、軍用機の献納、4万以上の梵鐘の供出、都市での空襲被害、農地改革まで、近代史を通じての仏教が国策に翻弄・追随していった状況をたどったもの。それぞれのデータが整理され、四天王寺献金で四天王の名前をつけた軍用機があったこと、増上寺など東京の寺院が空襲で壊滅したこと、奈良で受刑者を動員した仏像疎開があったことなど、いろいろ勉強になった。著者は京都の浄土宗寺院に生まれ、成城大学を卒業してジャーナリストを経験した後に住職を継いだとという経歴。最後は3人の僧侶の戦争体験で締めくくられ、「恒久平和」への願いが込められた良書。

文春新書『仏教の大東亜戦争』鵜飼秀徳 | 新書 - 文藝春秋BOOKS