wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

1617会池田例会

結局学会は土曜日をパスして日曜日だけ出かける。しかも中世史部会の報告と討論だけに参加して、あとは外で滅多に会えない方々とご挨拶して近況を話し合い、ついでに雑文をお渡しする。しかし思ったほど人手が多くなく、会えると思っていた方々も来られていなかった。報告の第一印象は時代は変わったものだという感慨で、一昔前なら必須の研究は研究史にもあげられていなかった。それにしても最近の若手は良きにしろ悪きにしろ、人間や社会に対する見方が根本的に違う気がする。そうはいっても討論は発言するどころか途中で抜けて、大阪でやや年齢が上の二人と5時間ほどの飲み会。いろいろ話ができて議論も盛り上がったが、計でビール10杯(1杯300㏄ぐらい)・日本酒11杯(1杯1合ぐらい)は飲み過ぎか。
本日は眠い目をこすり朝から表題の研究会に参加。山林資源に興味を持ってから池田炭は気になっていたので、無理をして出かける。現地の専門家に案内していただいて近世絵図と発掘調査の成果をもとに町と城を巡るが、さすがに飲み過ぎのために足取りが重く、暑さと水分のとりすぎで汗が噴き出る始末。午後の研究会も最初はほとんど眠っていたが、絵図を眺めていると町の原型について思うところがあり、少し発言までしてしまう。参加者の関心は戦国期にあり、それ以前の状況に思いをはせる私は浮いた存在なのだが、文献史ばかりの集まりではないので何とか居場所が得られるのがこの研究会のよいところ。終わった後はまたしこたまビールを飲み明日が思いやられるが、いろいろ勉強になった一日だった。写真は池田城主郭から伊丹方面を眺めたもので、今はマンションに遮られてはっきりしないが、戦国期には対立する両者が視認できたことがわかる。
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