wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

藤川隆男『人種差別の世界史』

土日は久しぶりにまじめに学会に参加し、旧知の方々ともいろいろお話ができてよかったのだが、土曜日に飲み過ぎたこともあってかなり体力を消耗した。本日も二大学とも授業がないため予定もあったのだが、断念して休養に充てる(せっかくご連絡いただいたのに申し訳ありませんでした)。そういうわけで昨日読了した電車読書のメモを記しておく。人種差別の歴史について、近代啓蒙思想と人種分類、市民革命と国民の階層化、力ずくでも資本や商品の流通の自由を確保しながら発展途上国から先進国への人間の移住を規制することで成立した現代世界の格差(グローバル化は資本や商品やサービスが人が動かなくても移動できるようになることで生じた現象)、白豪主義に代表される人種主義的移民制限と女性参政権の成立、目に見える人種差別の撤廃と「見えない白人性」への転換、国家・グローバルな市場・消費社会の成立により国民国家の中核部は非人種化・脱ジェンダー化する一方で差異によって周縁化された人々の存在というような、解放の論理と差別の論理の二重構造の変化がたどられ、人種的に従属的な人びとや集団が社会的に成功して、主体性を獲得し、記号や意味内容を操作できるようになること自体が、非人種化した国民国家とグローバルな市場経済を再生産し強化していくとし、システムが壊れるのはモノ不足や国民国家が制御できなくなるという悲劇しか想定できないと見通されている。ですます調の文体で記された全体の見通しは大変わかりやすく勉強になったのだが、さて(「さては、さては南京玉すだれ」、さて、というとこんなフレーズにたどり着きましたが、最近あんまり見かけませんね)といったカッコ内にゴシック体で大阪ノリの脱線があり、少しうざったくなっているのが欠点か。しかもそれが単なる脱線ではなくトラップとして記されているところもあり、うかつには批判はできず、かなりの戦略が感じられる。ともあれ今年は通史を現代史までしようと考えているので、専門外の身としてはいろいろと参考にはなったhttp://www.tousuishobou.com/rekisizensho/4-88708-398-1.htm