wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

西川長夫『パリ五月革命 私論』

先週も台風休講があり、週末にも予定がなかったにもかかわらず原稿は全く進まず、自己逃避DBの作成に終始してしまった。無気力症候群が治らず、月火もしどろもどろになりながら何とか授業だけはやり終える。ただし電車読書は進み、本日読了したのが本書http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/frame.cgi?page=series.sinsho/。1934年生まれの著者が私立大学講師の職を得て一年後という1967年10月末から69年9月末まで2年間もフランス政府の給費留学生としてパリに滞在し、そのさなかの68年5月に発生した学生反乱をきっかけとした一連の事態(ここではあえてニュートラルに記す)についての体験記と、著者の視点から見たその意義づけをまとめたもの。充分に背景を理解しておらず、著者の立場もちゃんと読み取れていないため、全体の論評は避けいくつかの感想のみ記しておくことにする。1.477頁という新書にしては大著で文字数も多いが、実質電車内三日で読了でき全体としてはいろいろ勉強になった。2.とりわけ著者と直接現地でやりとりがあったバルト・ルフェーヴル・アルセチュールらの動静は迫真性があった。3.3月に郊外ナンテールという移民街で文化施設がとぼしくパリから通う教授のマスプロ授業のみという環境への反発からはじまった小試験ボイコット運動が、ソルボンヌに飛び火し学生反乱、革命的熱狂へと広がる過程についても、著者自身の体験を交えながらドキュメンタリータッチで紹介されており、やはり興味深いものだった。もっとも右翼学生の出身階層については記されておらず気になるところ(ブルジョワの子弟が暴力行動に直接参加はしないだろう)。4.ただし著者の思い入れのような革命とは思えず、日本の運動も含めてだが、エリート学生の妄想的反乱で、展望を見いだすことはできなかった。文明批判としての祭と評価されるが、所詮祭は一過性のもので、体験・参加した本人にはかけがえのない経験だろうが、それを特権視する言説にはやはり後の世代として抵抗がある。フランスの事情はわからないが(恐らく今も試験制度などに大きな変化はないのだろう)、日本でその世代が唱えた「大学解体」はあまりにも皮肉な形で彼ら自身の手で現実化したとしか思えない。5.その一方でこの時期がある種の画期であることは間違いなく、後期の授業準備では改めて考えてみたい。追記、先週講義前に立ち寄った書店で大学院時代の先輩に10年ぶりぐらいに出会った。台風被災地の自治体職員として全然休みが取れなかったということだが、やや太めに見え元気そうで何より。ただ時間が押しており5分程度の立ち話しかできなかったのが残念。