wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

北川智子『ハーバード白熱日本史教室』

昨日晩も公募書類にかかりきりでようやく学術論文まで書き上げ、先はまだまだ長く、今日の講義も余計なところで時間をとってしまう。そういう時に電車読書で読了したのが、書店で見かけて専門は日本中世史と中世数学史というのが気になって購入してみたものhttp://www.shinchosha.co.jp/book/610469/。著者自身の紹介によると1980年生まれで、カナダのブリティッシュコロンビア大学数学科を卒業したものの、そこで日本史担当教授のアシスタントに雇われ大学院で日本史を勉強するようすすめられ、ハーバードで聴講した「ザ・サムライ」の授業に女性が登場しないことに疑問を持ち、「Lady Samurai」というテーマを構想してブリンストン大学で3年で博士号を取得。2009年からハーバードで「Lady Samurai」・「KYOTO」という授業をもち、もともと不人気科目だった日本史でみるみる人気を博し、学生から高い評価を得るようになったというサクセス・ストーリー。BGM(元寇はモンゴル民謡と暴風雨の音)・お絵かき・プレゼン・ラジオ・映画制作など参加型を重視したスタイルは、かつて戦国史を賑わせた東京工業大学の教授も取り入れて人気講義になっているらしく、今時でなおかつ基礎的能力を持った学生にはもっとも受けるスタイルなのだろう。その一方で壇ノ浦の説明で「自害するにしても、女性は切腹をしたり戦って討ち死にしたりしません。海に飛び込み身を隠すので」(誰か切腹したのか?討ち死には自害?男性も多数入水しており往生の一種)・初期の「LadySamurai」は軍記物(フィクション)以外では北条政子以外に具体例はない(著者の概念に賛成しないが竹御所・女性惣領など事例はいくらでもある)・北政所ねいは紫式部とおなじ女房の称号(全く異なる、また先行研究をみていたら御台論が取り上げられるはずだが叙述なし)・1590年代になると秀吉も検地をはじめて(年表ぐらいみたら)・・・など、講義内容として触れられているものは唖然とするばかり。東大史料に短期研修したということだが、日本史の専門知識や文書・漢文の読解能力ををどれだけもっているかは非常に疑わしい。英文史料を紹介しているということだが、ねいの手紙などはかなり背景がわからないと逐語訳では意味不明にしかならず、自分で訳しているのだろうか。その一方で「LadySamuraiという研究は、フェミニストさながらに男性と女性の同権を訴えるわけではなく、ジェンダー研究のように女性の重要性を論じるわけでもありません。歴史叙述に男性と女性の両方のアイデンティティーを組み入れ、21世紀の時代に見合った日本史をつくる試みなのです」というスタンスは今の歴女には適合的で、「日本の次世代イデオロギーの再構築の発端になるような歴史の語り方を考え、地球市民向けの日本史が早く出来上がるよう、皆でこの難題に立ち向かってほしいのです」という主張には警戒が必要だろう。親学などをいいだす今の「つくる会」なら大丈夫だが、こういう立場の人を包摂できるようになった時は、発進力のない日本史学会はひとたまりもなくなるのではないか。