wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

藤原聖子『教科書の中の宗教』

一般教養の授業でもっとも教えにくいのが宗教勢力の活動。武士については人を殺そうが何をしようが受け入れられるのだが、宗教が少しでも世俗活動に関わるとそれだけで否定的意識を持つ学生が少なくない。そういうわけで書店で目について購入してみたのが本書。高校倫理教科書執筆をすることになった宗教学者である著者が、現行教科書記述が暗記(正解)主義・「先哲に学ぶ」叙述・文部省以来の倫理を道徳教育として扱う指向性(小・中学校に「道徳」が設置されたのと高校に「倫理」が設置されたのは同時で対応関係。これは意識していなかった)から、特定宗教を高く評価する一方で、一部宗教を否定的に取り扱うもっとも宗教性の濃い宗派教育となっているという。しかも教義の一部(キリスト教=愛、仏教=慈悲)が必要以上に強調される一方で、「宗教」そのものは不在という問題点が指摘される。これは中立性を志向する世界の宗教教育の中で余りにも特異であるとされ、その実践例がそれが抱える問題点も含めて紹介され改善案が示される。日本の学校教育が世界とどれだけかけ離れているかが改めて知らされるとともに(とうとう大学にまで「説明責任」という名の下に正答主義の無言の圧力が加えられるようになっている)、戦前の国家神道=非宗教とする政府の対応とも関わってこのような状況が生まれたのだろうが、どちらも深刻な問題。全体の構成はすっきりしており、各国の事例紹介も興味深い。また最後にボツとされた著者の教科書用原稿が掲載されているのも斬新。なかでも「宗教的倫理と世俗的倫理」の簡単なまとめは秀逸で、後期の授業で使わせてもらうことにするhttp://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1106/sin_k596.html。ようやく授業準備は収束に近づいたが、講義はまだ三週間続き、夏休みが待ち遠しいところ。