wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

山本太郎著『感染症と文明』

書店で見かけて後期の授業を意識して購入したもの。著者は東京在住の長崎大学熱帯医学研究所教授(前身は1942年に設立された東亜風土病研究所らしい)で、ハイチ、3.11などにかけまわる感染症対策の専門家らしく、人類の誕生から現在に至る感染症の発生とそれがもたらした影響について、疫学的見地から概観したもの。全体の構図はマクニール・ダイヤモンドなどを踏襲したもので、古い時代についてはさほど目新しい論点はなかった。それでも西欧で結核患者の増加がハンセン病患者の減少をもたらした可能性、スペイン風邪の拡大に第一次大戦がもたらした影響、結核死亡率が近代医学による新発見以前に低下し始めていることなど、いろいろと興味深い事例が紹介されている。またウイルスが①家畜などから感染するが人から人には感染しない適応準備段階、②人から人へ感染するが効率の低い初期段階、③定期的な流行を引き起こす適応後期段階、④人の中でしか存在できなくなる適応段階、⑤人の生活変化により医療に拠らず絶滅してしまう段階を経ており、HIVについても潜伏期間が長期化すれば感染するだけで発症せず他のウイルスの防波堤として共生するようになる可能性が指摘される。そのうえで病原体を絶滅させるという20世紀の発想は他の病原体を誕生させる行き過ぎた「適応」であったとし、21世紀には「心地よいとはいえない」「共生のコスト」が必要とされると展望する。著者が3.11対応のため東北に出向き、惨状と自然のコントラストを見た上で記された「共生とは、理想的な適応ではなく、決して心地よいとはいえない妥協の産物なのかもしれない」ということばは余りにも重いが、人と病原菌だけでなく、人と自然の関係を考える上でも有効な考え方になるかもしれないhttp://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1106/sin_k597.html。本日ようやく15回終了の授業が一つ(試験は再来週)。あと七コマあるが雨で少しは涼しくなりとりあえず安堵。