wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

東京クルド

本日は中百舌鳥定期試験。昨年度も今年度(1限のみ)もリモートだったため、キャンパスに入るのは二年ぶりで、転居してからあびこを通過したのもはじめて、受講生に出会うのも最初で最後。せっかく出かけたので帰路にサービス・ディを利用して映画鑑賞。小学生時代から日本に居住しているにもかかわらず、難民認定されないため就労の道を閉ざされているクルド人若者二人を軸としたドキュメンタリー。入管職員の「帰ればいいんだよ。他の国行ってよ」(盗聴できたのか?)が余りにも強烈で、大きな希望もなくエンディングを迎える。テレビ・ドキュメンタリーでも取り上げられるが、そもそも島国になぜ入国できたのかが疑問で、入国を許可して定住生活が営まれている以上、就労ビザの支給は当然。入管は一度解体して再出発させるしかない組織。ただ映画そのものはロング・ショットが延々と続き何度か睡魔に襲われ、前述した全体構造についても説明はされない。また2021年公開にもかかわらず映像はコロナ以前で終わっており、その注釈もないのは不親切。

ドキュメンタリー映画『東京クルド』公式サイト|日向史有監督作品

竹下節子『疫病の精神史』

本日は今期最後の枚方3コマ。本来なら他と同じく今週が試験だったのだが、対面授業への移行期間休講のため一週遅れ。ファンクションキーでマイクオフになり(こちらはカタカナ変換のつもりだったのだが)、遠隔配信ができなくなるというトラブルがあったが何とか終了。そんななか衝動買いしていたコロナ関連企画本の備忘。著者はフランス在住のカトリック史研究者とのことで、キリスト教とりわけカトリックによる、病者に寄り添い「魂の救い」を説き、顕著な実践により聖人として顕彰されてきた歴史を、イエスからカトリックの隆盛、対抗宗教改革、フランス国王による「王の奇蹟」、19世紀の感染症対策と近代医学の成立まで展開、最後に神学=「魂の救い」から医学=「肉体の救い」への転換と、コロナ禍における肉体と精神の複雑な関係を呼び起こしたもの。手洗いを律法とするユダヤ教に対して、「穢れた者」を排除しないというイエスの態度が、長らく感染症者への救済というかたちで継承され、コロナ禍初期にも神父に多数の犠牲を出した一方で、ロックダウンが受け入れられたのも弱者を守ることの価値が説かれたためというのは興味深い。著者も述べるように感染を「穢れ」「恥」などと受け止め、自粛警察で行動制限がなされた日本とは大きな違い。8月1日にどのような議論がされるのかも興味深いがあいにく仕事。

筑摩書房 疫病の精神史 ─ユダヤ・キリスト教の穢れと救い / 竹下 節子 著

山本紀夫『高地文明』

昨日は鳴門出張、帰宅してZOOM研究会+懇親会(途中参加ということもあって空気を読まない質問をしてしまう)、本日は南あわじ市福良出張。いろいろ勉強させてもらったがこちらは省略し、高速バス2往復の衝動買いしていた表題書の電車読書備忘のみを記録。アステカ・アンデス(インカ)・チベットエチオピアという低緯度高地で、独自の栽培農耕と家畜化を前提とし独自の宗教観念を持つ文明が展開したとし、これを高地文明と定義づけたもの。それ自体はわからないではないが、副題に「もう一つの四大文明」の発見とあるように、従来の四大文明は所詮コムギなので同一の亜種に過ぎないとし、先行研究に対して「野外での調査や観察の成果を重視せず、文献に依存する研究者が少なくない」とし、教科書の書き換えを要求するとなるといかがなものか。そもそも古代文明論とは単に農耕・家畜化だけでなく、文字を含む体系性とその後の影響力を含めて評価すべきもの。著者も認めるように高地文明は周囲への影響力が限定的で、並立させるのには違和感。またチベットエチオピアなどは文献史学の成果もある程度は存在しているはずだが、それをスポイルしているようにみえるのも問題で、著者のもとともとの専門といえるアンデスでもスペイン人の記録が利用されている。20年前だったら「つくる会」系に取り込まれていたようにもみえるが、今はどうだろう。

高地文明―「もう一つの四大文明」の発見|新書|中央公論新社

松園潤一朗編『室町・戦国時代の法の世界』

本日は公務出張、電車は観光客で混み合い、顎マスクもちらほらでコロナ禍の緊迫性は感じられず、第5波はどうなるのだろうか。こちらは某打ち合わせ以外は、自転車で爆走だが、例によって内容は省略。ただフェアで衝動買いしていた表題書が片付いたのでそちらの備忘を。17人が主に『中世法制史料集』(村落関係を除く)をもとに、諸権力・諸領域の法について概観したもの。なかに趣旨と異なるのではという論考もあったが、研究がある程度成熟し、主編者の佐藤進一氏が亡くなり今後増補される可能性は著しく低いという点でもちょうどよいタイミングか。なお編者が少なくとも大学院から法学端というのと(日本中世史はどこで?)、銭静怡氏が中国の大学に所属されている(日本生まれではなく留学生?)ということは初めて知った。後者は尊敬しかないが菅浦文書を開かずの箱とするのはすでに克服された議論だろう。

室町・戦国時代の法の世界 - 株式会社 吉川弘文館 安政4年(1857)創業、歴史学中心の人文書出版社

細見和之・松原薫・川西なを恵『消えたヤマと在日コリアン』

本日は枚方3コマ。ワクチン接種で左手に痛みが残るが何とか乗り切る。そんななか県内(副題は丹波篠山から考える)ということもあって衝動買いしていた表題書を読了。多気郡にかつて存在した珪石・マンガン鉱山について、軍都としての篠山、朝鮮人労働者の流入と軋轢、強制連行と疎開で戦時中に最大のコリアン人口を抱え、戦後は創業が縮小、戦後直後に旧篠山町内に設立された国語講習所(ハングル)と住民との軋轢、1981年まで存続した篠山小学校民族学級について、2004年に発足した「篠山市在日コリアン足跡調査研究班の成果とその後の調査によってまとめたもの。「『篠山町百年史』や『篠山小学校120周年記念誌』など、丹波篠山市の公的な記録にはいっさい記されていない」ことから「消えたヤマ」と名付けられたというが、ややひっかかるのが民族学級はまだしも鉱山は旧篠山町に立地していないという事実。篠山小学校卒業で民族学級のことを意識できなった筆頭著者(京大教授)の想いはわかるのだが、篠山町の歴史のみで多気郡が語れるという篠山町帝国主義的な匂いが感じられなくもないところ。それはともあれ丹後大江のニッケルも有名だが、中国山地の東隅に多数の鉱山が存在していたというのは興味深い事実。

消えたヤマと在日コリアン - 岩波書店

金澤周作『チャリティーの帝国』

本日は千里山でワクチン接種。副作用は少しもやっとした感覚と左手にやや違和感といった程度。15分間の経過観察もあって読みさしの表題書を読了。「困っている人に何かしたい」「困っているときに何かをしてもらえたら嬉しい」「自分の事ではなくとも困っている人が助けられている光景には心が和む」という三つのモティーフの内実の展開について、世界史における他者救済を前史として、17世紀から19世紀の市民社会と下層民・大英帝国と未開の人々といった構図における活動の実態をメインに、総力戦・福祉国家新自由主義の20世紀以降までカバーするもの。奴隷貿易商人コルストンをはじめ豊富な事例が紹介され勉強になるが、やや総花的な印象も。「無心の手紙鑑定局」に象徴される強固な自助意識による「無用な弱者」への厳しい目線とチャリティーの隆盛についてもう少し切り込んでほしかった。自己責任をあげつらうだけでチャリティーすらない現代日本がむしろ異常で、自助を徹底させるために必要不可欠なものとして発展したとも考えられるのではないか。

チャリティの帝国 - 岩波書店

「少年の君」

本日、雑用で出かけたついでに観覧した中国映画。優等生の少女と不良少年の出会いというオーソドックスな構図に、いじめ、加熱する大学受験競争といった社会問題をからませ、後半は二人が起こした事件をめぐる刑事との息詰まる攻防へと続く。最初に結末らしきものを見せながら微妙に裏切りつつ2時間強を飽きさせない展開で、高校生にしか見えない27歳の主演女優をはじめ役者の演技も素晴らしい。いじめの首謀者の両親が共産党幹部でない以外は(というより共産党は全く登場しない)、中国社会の現状をするどく切り取った作品。2011年に実際に起こった事件がモデルになっているようだが、映画として見事に昇華されている。本国では「諸般の事情によりほとんど宣伝が行われ」なかったにもかかわらず、250億円のヒットでアカデミーにもノミネートされ、すでに定評のあった監督の初日本公開作品になったとのこと。メイキング映像で監督の名前で出演を決めたという役者もあり前作も観てみたいところ。

少年の君 : 作品情報 - 映画.com 

県知事選の結果が出た。街で選挙の影も見えず実際に低投票率だったが、結果は最悪。現知事の肝いりで発足した当方の所属組織も来年度以降は暗雲が・・・。