wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

「赤松氏の拠点形成ー白旗城・法雲寺・宝林寺」

本日受領した『大手前大学史学研究所紀要』第12号(奥付は2018年3月26日発行)(48)~(33)に掲載。2016年12月17日に開催されたシンポジウム「赤松氏研究の新展開ー権力確立の過程をさぐるー」をもとにした特集で、市沢哲「一四世紀の内乱と赤松氏の台頭」・前田徹「播磨国竹万荘と赤松氏の遺領配分」・馬田綾子「赤松氏の領国支配と国衙ー『国衙眼代』小河氏をめぐってー」という蒼々たる研究者の末席を汚したもの(なお同書は横書き左開きをベースとするが、特集は縦書きのため頁は逆順)。なお拙稿はリゾ・ラバ系イデオロギー論文で、概説書でも知られる通説をかなり否定したもので、その後もいくつかの講演会でしゃべっている。久しぶりに故河音能平氏を意識して(引用はしていません)、禅宗史料をかなり批判的に読み解いているが、何しろ漢文読解能力が低く思わぬ勘違いもあるかもしれない。なお『ひょうご歴史研究室紀要』第三号(すでにHP公開済)所収論文単独だと読みにくいかと思うが、その前提がこれ。抜刷も少しはいただけるようなので、おいおい関係者にはお配りできるようにしたいと思います。