wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

瀬畑源『公文書問題ー日本の「闇」の核心』

本日は辞令交付などのため新年度最初の姫路(通常の勤務日は昨年に引き続き木・金)、部屋全体で見ると数名が異動しただけなのだが、当方の席の左右・前全てが先週と違う顔のためかなり雰囲気が変わった印象を受ける。電車読書のほうは、講義で定番になっている近現代公文書管理論の関係で衝動買いしていたものhttp://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0920-a/。第二次安倍内閣および東京都政で問題になった、内閣法制局による集団的自衛権解釈変更に関する記録の不存在、TPP交渉に関する外交文書、特定秘密の指定と運用、豊洲市場の設計変更、南スーダンPKO文書、森友学園の土地払い下げ、加計学園の認可、新国立公文書館の設置などといったトピックについて、公文書公開という視点から問題を指摘したもの、とりわけ政策決定に関わる過程文書が個人的メモとして一年以内廃棄規定を楯に不存在とされながら、実際には組織的に利用されていたという、官僚による情報隠蔽と政府のそれを問題ともしない対応が浮き彫りにされている。今の職場に出入りするようになって初めて知ったのが行政の文書主義の細かさ。何か一つするためには伺いをあげて、当部署のために配置された専属事務職員(行政職の退職者)が起案を上げて、組織の課長級以上の全ての決済印をとって初めて可能になり、実施後は報告書を作成して同様の経過をたどるため、膨大なファイルが蓄積されていく。ほとんど文書をつくるのが仕事のような世界で、不存在なはずがないことはすぐわかる。それにも関わらず情報公開を忌避する官僚の暴走と、問題を認識せず逆にルールを破壊して正面突破を図ろうとする内閣の暴走が、あいまって現状に至ったものだろう。このところ両者の矛盾が現れてきているが、果たして破綻せずに正常に戻ることができるのだろうか。なお写真は本日の姫路城。金曜日は雨のようなので今年はこれが最後の桜だろう。
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