wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

小川剛生『兼好法師』

本日は姫路。静かな電車内に英語が響き渡り眠れなかったが、何とか無事終える。電車読書のほうは、吉田兼倶による系図偽装でマスコミでも話題になった兼好に関するものということで、買い求めた表題書を読了http://www.chuko.co.jp/shinsho/2017/11/102463.html。内容は最後の七章で兼倶による偽装に触れるだけで、全体は兼好の評伝だが内容は圧巻の一言。著者本来のフィールドである徒然草・和歌といった文学作品だけでなく、金沢文庫文書・売券といった古文書類、さらには古記録などを駆使して、伊勢祭主家周辺の出自で、鎌倉で金沢貞顕に仕え、六波羅探題就任とともに京都で出家者した遁世者として活動し、その後ろ盾と才覚で鎌倉末期の京都社会に入り込み、幕府滅亡後も貴顕とまじわり歌人としても頭角をあらわす姿が活写されている。基礎的な事実を解説しながらも、社会の実像に踏み込んでいく筆致は感嘆としかいいようがなく、当該期の京都社会について多少なりとも勉強している身でも教えられることが少なくなかった。中世前期的な家業を継承する公家社会が硬直化しながら、そのエッセンスを受容した武家中心の室町期的様相への時代的転換と、それに人脈と才能を駆使しながら立ち回っていく兼好像は、この時代を象徴するほどのものとして著者によって浮かび上がらせている。今川了俊など他の人物像の評価も興味深く、当該期の文学作品を残している歴史的人物の評伝を書かせたら、もはや著者の右に出るものはないだろう。文献史学一つものにできていない身にとっては、うらやましいばかりの才能…。