wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

丹生山

本日は古代史・考古学・山城・石造物などの専門家とともに帝釈山・丹生山に上ってきた。丹生山は南北朝期の軍忠状にも登場し、廃仏毀釈まで山岳寺院が立地していた。醍醐寺領山田庄の一角でもあり、山論関係の文書も残されており、そういう関心もあった(以前に当ブログでも紹介したはず)。昨日が姫路で飲み会のため帰宅が24:00前になり、体力的にはハードだったが専門家の解説をいろいろ聞かせていただき、大変勉強になった。帰路のバスがぎりぎりで箱木千年屋に入れなかったのは心残りだが、下山後は16:15ぐらいからおいしいピール。そちらもいろいろ有益だった。なお行きの阪急が中高年の登山客ばかりで驚いたが西宮北口で下車し、山で出会ったのは10人程度だけだった。写真左が案内地図で丹生山から箱木に降りた。写真中央は帝釈山から南を望んだもので淡路まで見通すことができる。丹生山は樹木に阻まれそれほどでもないが、立地そのものは四方を見通せる位置にある。写真右は丹生山登山道に立つ町石の最後で「永三年癸亥」という刻印があり、永徳三年と理解されている。
イメージ 2
イメージ 1イメージ 3