wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

伊藤大輔・加須屋誠『天皇の美術史2』

本日は組合総会、成り行きで当方は来年も執行委員として関わることに。異分野の方とお話しできる機会ではあるのだが…。電車読書のほうは、新シリーズものとしてPR雑誌で自画自賛されており、講義で神護寺三像を取り上げている事情もあって、衝動買いしたものを読了http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b253039.html。編者が二名上がっているが書き手は他におらず、前半が伊藤大輔「宮廷芸能としての絵画ー鎌倉時代の世俗絵画」、後半が加須屋誠「十四世紀美術論ー後醍醐天皇を中心として」で、一人が時代全体を取り上げるという構成になっている。伊藤論文は分量的には後白河院政期が半分を占め、従来の見方が石母田正デスポティズムの影響を受けた院による熱狂的な絵巻作成を強調したものであったとし、それに対して権門体制を取り上げて、放埒な蕩尽を支える美意識と過差禁制の美意識という両面から評価すべきで、むしろ後者こそが水墨を中心とした宋風摂取の基盤となったとする。続いて諸芸全般に幅広い関心を持った結果むしろ世俗絵画では空白期ともいえる後鳥羽院政期、さらに似絵・伝統重視の持明院統に対し、カリスマを強調する大覚寺統を対置し、後醍醐がそれを特化させていくという見通しが示されている。加須屋論文は、「まなざし」の歴史学を名乗り、元寇以後の天皇像を概観した上で、倒幕を志向した元弘の乱まで後醍醐に関係する美術に触れ、14世紀前半の美術を、多様な要素が混じり合い、優劣なく選択され、絵画の主題や描法にランダムに採り入れた、ハイプリッドの精神に特徴を見いだす。続いて帰京・建武新政・吉野での死までの状況を概観し著名な「異形」の後醍醐像の背景に迫り、鎮魂と婆娑羅の世界に、社会全体が「まなざし」によって結ばれた時代状況を見いだし、「肖像画」への関心が社会的に高揚したとし、神護寺三像を、似絵と頂相をあわせて権力を可視化しリアリティで圧倒する系譜の頂点に尊氏・直義像を、後代につながる記念碑的な肖像画への作風変化として義詮像が位置づけられる。続いて観応の擾乱から義満期の展開に触れ、異質なものが共存する14世紀像が描かれている。研究者個々が時代像を明確にして美術作品を評価したという点で意欲的な試みでいろいろ勉強になったのだが、逆に政治史叙述が過多で引っ張られすぎの印象も受ける。また鎌倉期の絵巻から祖師(法然・一遍など)ものが全く外されており、絵師がどれだけ異なるのかを考えても疑問。当該期の天皇の立ち位置はパトロンとしてもプレーヤーとしても微妙で、そこに焦点を当てたことで見えてくるものも、逆に見えなくなるものもあると思われる。