wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

鶴島博和『バイユーの綴織を読む』

先週はW選の結果に打ちのめされ何となく過ごしてしまう。公募の結果についても身近な方から良い知らせを聞くことはない。そういう中でダラダラと読み進めようやく読了したのが本書で「、とある接点によって読ませていただく機会を得たものhttp://www.yamakawa.co.jp/product/detail/2415/。とはいえ素人の身としてタイトルをみただけでは何のことか全くわからなかったが、いわゆる「ノルマン征服」(1066年)を題材にして、そこから10年以内に作成されたタペストリーが存在し(「バイユーの綴織」)、それを詳細に読み解きながら、「中世イングランドと環海峡世界」(副題)の実像を追求した著作。圧巻は58シーンをかなりの大きさのカラー図版で紹介されていることで、それと根拠になる年代記史料を用いて、絵解きが進められていく。ここ10年来もっている「人類の歴史」ではルネサンス以前の西欧絵画のレベルの低さを強調しており、この綴織も絵画として大変優れたものとは言えないが、臣従儀礼・戦闘シーンなどが様々なコードをもって描かれていることが説明されており、大変興味深い。また綴織はメイン・ストーリが展開される部分とは別に上下に動物などが描かれており、時にはその場面に物語がはみ出ることもあり(一番センセーショナルとされる場面は、男性によって顔に手を当てられた女性の下に性器を強調した裸の男性がみえるもの)、憶測も含めてさまざまな読まれ方をしてきたというのもよくわかるところ。中世イングランドの貴顕女性のたしなみとして刺繍は重要だったらしく、色鮮やかな図像は素人目にもいろいろ想像させてくれる。ノルマンディー地方バイユーの教会に伝来したこの綴織は、火災・フランス革命による教会財産の否定・ナチスドイツによる強奪など幾多の危機を乗り越えて、現在は博物館で展示されているということで一度はみてみたいものだ。なお「ノルマン征服」については当時の海峡世界の人的交流の多様さが解説され、近代的な民族観では理解できないことがよくわかる。日本史でもすでについていけなくなっている多数の人名が登場する政治史についてはよく理解できなかったが、当時の社会の実像を少しはわかったような気がする。