wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

横手慎二『スターリン』

本日で後期の講義は一回り。火曜3コマが予想以上の入りで、何度もプリントを刷り直す羽目になったが、それ以外は前期より少なめ。特に今年度限りでクビになる金曜2コマは、2桁に乗るかどうかという状況でさびしく終わっていくことになりそうだ。そんなこんなで電車読書も一巡目。火曜講義を念頭に衝動買いしたものだが、思いがけない拾いものhttp://www.chuko.co.jp/shinsho/2014/07/102274.html。かのソ連の独裁者スターリンの生涯を叙述したものだが、筆致は極めて冷静。家庭環境についてアメリカのフロイト主義的歴史学者の解釈を排して、母の望みを受けて入学した反動的神学校から悩みながら離脱して革命家の道に踏み出したこと。そこでの苦難に満ちた国内での地下活動の経験がその思想を形作っていったこと。決して凡庸とは言えない1920年代の実務的な読書経験。当該期のソ連が抱えていた国際関係・経済政策・農民政策という難問を解決する上で、「一国社会主義」はある種の必然的な道筋であったこと。30年代の大粛清(パニックによって国民自らによって助長された側面もあったらしい)・農民の大量餓死・急速な重工業化を、妻の自殺などを乗り越えて国家指導者としての自覚を持って冷徹に遂行したこと。これが誤りを犯しながらも対独戦の勝利につながったこと。第二次大戦後もギリシア共産党などを見捨てても米英との協調は可能だと考えていたにもかかわらず、アメリカの非妥協的姿勢が冷戦を生み出すことになったこと。そのうえで1948年以後の判断ミス、スターリン批判、現在のロシアでも定まらない評価について触れられている。著者はソ連にも社会主義にも思い入れはないように感じられるが、むしろそれだからこそある種の冷静な目で、ロシア革命以前から第二次大戦までというトータルの歴史のなかに位置づけられたのだろう。今朝のニュースで、スターリン的な大国主義者で冷酷な判断ができるロシアの指導者に某国首相が誕生日を祝われたというお気楽なものがあった。こういう人格は好きにはなれないが、全く遊ばれているのを亡国首相は気づきもしていないと思うと絶望的としかいいようがない。