wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

高橋進『生物多様性を問い直す』

本日はルーティン姫路、高校生をほぼ見かけなかったにも関わらず朝の人出は思いのほか多い。相変わらず席が確保できれば寝にいっているが、それでも表題書を読了。書店で目次を見て衝動買いしていたもの。コロンブス以来の世界史の中で生物資源の略奪を概観しており、大航海時代(プラントハンター)・植民地拡大の「帝国主義」(米大陸・アフリカ原産の商品作物を植民地に移植してモノカルチャー化)、現代の先進国・グローバル企業による生物多様性の搾取・支配(「生物帝国主義」・バイオパイラシー)という歴史的段階を踏まえながらゴム・チョコレート・パームオイルなど主要産品の状況が概観されており勉強になる。とりわけコーヒーについて苦みが強いが低地で栽培可能で収穫量も多い品種が枯葉剤で森林を消失したベトナムなどで生産され、ブレンドされて世界的コーヒーチェーンで使用したことで、コーヒー生産国が大きく変動したというのは端的なグローバル資本の力。また2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(気候変動枠組み条約とおなじくCOP10と表記)で保全のための陸上保護地域の拡大に中国とアフリカが反対したというのも現代の国際政治を考える上で重要。著者は環境庁で1993年の第1回締約国会議に環境庁から政府代表の一員として参加、日本政府の姿勢として90年代は地球の「生存基盤」として生物多様性を重視していたが2015年には「国益」重視に転換したとし、そもそも条約を批准すらしていないアメリカには一貫して批判的。やや日本史を「自然との共生」に引きつけすぎにもみえるが、エコツーリズム・国際平和公園・持続可能な開発援助などさまざまな論点が紹介され、コスパは高い。

筑摩書房 生物多様性を問いなおす ─世界・自然・未来との共生とSDGs / 高橋 進 著

神戸市立博物館「和田岬砲台史跡指定100年記念 大阪湾の防備と台場展」

映画鑑賞の次は表題の展覧会に。もともと映画だけをチェックしていたのだが、出品目録を確認すると海図が多数展示されているのを知り、公務で「鳴門の渦潮」調査研究プロジェクトのメンバーになっている関係で観覧。日本側で作成された絵図類だけでなく、イギリス海軍水路局作成の海図もあり、友が島・由良・鳴門海峡が大判で描かれており、友が島が一列にならぶ様相は「日本一鑑」とも共通している。これらは撮影OKとなっている点もありがたかったが、確認してみると文字を読み取るのはしんどそう。また台場には石工・船大工・家大工・家事・鋳物師・左官が動員されており、近世の技術的達成を示している点でも興味深い。なお「企画展 神戸源平巡りー『平家物語』の舞台を訪ねてー」は近世に描かれたものが主体だが、名所とされていたことがよくわかり、避難民が描かれた「一の谷合戦図屏風」は興味深く、「当山歴代」もならんでいた。(追記:英海図で大阪湾をISUMINADA和泉灘と表記していたことも「新発見」)

開催中の展覧会 - 神戸市立博物館  

「ある人質 生還までの398日」

コロナで実害を被ることになったのが、回数券の処理。昨春は完全ロックダウン・秋は対面から遠隔への切替で余らせてしまい、手数料を取られ払い戻し。今年に入ってからはチケット屋購入分が不要になり、その処理のために出かけて水曜1200円で表題作を観覧。デンマーク人のカメラマン志望の若者が(無謀で無知と表現)、シリアで武装勢力に捕らえられ(あらすじではISとされるが、最初は別組織のように見えた)、法外な身代金をもともとそれほど仲がよかったわけではない家族がかき集め、解放されるまでの実話に基づく物語。展開はある種読めてしまうのだが、映画的迫力に満ち満ちた作品。デンマーク語・アラビア語・英語・フランス語が飛び交い、とりわけエンドロールによるとヨルダンで撮影されたらしい現場の生々しさは、ドキュメンタリーを観ているかのよう。わざわざ砂漠に重機で穴を掘って人質の一人を殺害して家族へのビデオレター撮影をはじめ、実際にISが協力しているかのリアルさ(公式HPには武装勢力側の俳優は登場しない)、また人質交渉人の得た情報で突入を試み失敗、立ち会いながら一切金を出さないデンマーク政府側の人物など、ここまで描いていいのかという場面が多数。たまたまだったがよい作品に巡り会えた。

映画『ある人質 生還までの398日』公式サイト

吉野秋二『古代の食生活』

本日は姫路で編集中の紀要校正の受け取り。ただ印刷屋が来るのが午後だったので、余った有給を一時間消化。おかげで朝も爆睡することなく読みさしの表題書を読了。近年の問題関心と回展がらみで衝動買いしていたもの。確かに労働編制のあり方の説明はわかりやすく、乞食論としても非常に勉強になった、最後に渋沢敬三を取り上げた上での網野批判も実証的。とはいえ「奈良・平安時代に関していえば、おそらく、同時代の世界のどの地域よりも、日本列島は食生活を具体的かつ全体的に復元する条件に恵まれている」と最初に記すのはどうなのか。文書・木簡に記されるのはあくまで米・酒の日当としての支給の話でどう調理されていたのかとは別問題。途中で平城京における飯・米の販売、近代の事例を援用した残飯市場の可能性は興味深いが(根拠となった個別論文も読まなければならない)、地位によって支給量が異なる下級官人や貴族の従者たちはそれぞれ自炊していたのか、大釜で炊飯していたのなら量の差はどう考慮されたのか、都市の場合は燃料確保の問題もある(以前観たスラム街の映画では自炊はされない)。最後に『「百姓が自宅でどのような食事をとっていたのか、官司や寺院での勤務した際の食事と同じだったのか」などという問いに答えるのは簡単ではない』とあるが、後者が説明されているようにはみえなかった。

古代の食生活 - 株式会社 吉川弘文館 安政4年(1857)創業、歴史学中心の人文書出版社

秋田茂・細川道久『駒形丸事件』

本日は某団交、このご時世で論点はコロナだが、あきれかえるほどの総受忍論、世のため人のためとはいえ馬鹿にされにいくのはやはり疲れる。そんななかで読みさしの表題書を読了。秋田氏の名前で衝動買いしていたもの。事件は全く知らなかったものだが、大連に本拠を置いていた船が、1914年にインド人商人と賃船契約を結び、インド人移民を乗せて香港から日本を経由してカナダバンクーバーに到着したが、「帝国臣民」にも関わらず非白人として上陸を認められず、日本・シンガポールコルカタ近くに到着したが、強制移動させられたため徒歩でコルカタに向かうも、インド政庁の軍・警察によって逮捕・監禁・殺害されることになったという。インド(シク教徒とムスリム)・英帝国・シンガポールや香港という自由港・大日本帝国関東都督府管轄も自由港特権を有する大連・英自治領としてのカナダ(細川氏の専門)・第一次大戦が勃発しインド植民地兵(シク教徒はグルカとともに主力)を必要とするイギリス・反英武装闘争を唱え国際ネットワークをもつガダル党・金融ネットワークなど、さまざまな要素がからみあいながら展開し、「コルカタの悲劇」がシンガポール駐留インド軍の反乱を招き日本海軍が鎮圧に協力、南アフリカで「帝国臣民」であることをインド人の権利獲得の手段として用いていたガンディーが非服従運動に転換、英自治領が次第に本国から自立するなどの変化をもたらし、2016年にカナダのトルドー首相が事件について公式謝罪するなど帝国時代の重要な記憶になったとのこと。「帝国の時代」が移民の条件となりながら軋轢をもたらし社会を動かしていく様相は興味深い。どうせなら大連の専門家も加わればとも思う。

筑摩書房 駒形丸事件 ─インド太平洋世界とイギリス帝国 / 秋田 茂 著, 細川 道久 著

「心の傷を癒やすということ」

引っ越して一年以上になるが、ようやく本日近所の映画館で表題作を鑑賞。1000円とはいえ予想外の長蛇の列に驚いたが、観客は10人に満たず、昨年急逝した俳優の遺作も別スクリーンであり若い女性客はそれが目当てか。作品は阪神大震災後に現場で活動した実在の在日韓国人精神科医の物語で、NHKで放送されたものの劇場版。ラスト10分はテレビ版を視聴した記憶はあったが、それ以前は初見。小学校時代に在日であることを知知り、実業界の父、花形の東大原子力工学に進んだ兄との葛藤を抱えながら、「人の心」への関心から偏見の目で見られる精神科医の道を進み、恩師永野良夫(モデルは中井久夫氏)・妻との出会い(映画館で相手から声をかけられたのが最初)を通じて成長し、避難所でPTSDにさいなまれる人々の声を聞き、著書が高く評価されるも、不治のがん告知を受け第三子誕生の二日後に亡くなるまでを描いたもの。震災前の三宮が一瞬模型で登場、避難所は多数のエキストラが参加し、否定的な側面を描き主人公の対応を際立たせていた。そこそこの作品だと感じたが、当然のごとく偶然の出会いはなかった。

映画『心の傷を癒すということ』 公式サイト