wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

桑木野幸司『ルネサンス情報革命の時代』

本日はルーティン姫路。先日作ったはずの地図がなぜか保存されておらず、あわてて作成する羽目になったが何とか完成させる。引きこもりを続けているため(自治体史の校正はやっているが、めぼしい仕事はほとんど進まず)、飛び飛びになってしまった表題書をようやく読了。何となくタイトルに惹かれ衝動買いしたまま積ん読していたもの。地図上の発見と印刷術の普及があいまって、従前に比して大量の情報が流通するようになった状況への対応を描いたもの。それがただちに新規なものに向かうのではなく、ネオラテン文化とされるようなありうべき古典の集成と、それを前提とした修辞法(キケロー主義)、新奇なものも古典に「接ぎ木」して解釈するという博物学、といった状況が17世紀初頭まで続き、むしろその限界が認識されることで近代につながる「知」の枠組みが構築されるようになったという。知識史としてはオーソドックスな枠組みのような気もするが、出版のあり方などいろいろ勉強させてもらった。なおそうした状況の代表として古典からトピックごとに抜粋したアンサンブル集であるコモンプレイス・ブックの人の死に方を集めた部分を紹介して、「まだ年端もゆかぬいたいけな少年少女たち(!)が、教室の中でこの壮絶なリストとにらめっこして、ラテン語作文と格闘していたのだ」(179頁)とあるが、ここでいう「教室」とは何かがわからなかった。

筑摩書房 ルネサンス 情報革命の時代 / 桑木野 幸司 著