wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

田原史起『中国農村の現在』

GWは絶不調のまま本日から通常業務、久しぶりの3コマで喉はヘロヘロ。久しぶりの電車読書はタイトルに惹かれ以前に購入していたもの。すでに各所で話題になっているようだが、社会学者によるフィールド調査の非常に面白い作品。「木の根っこ」に例えられるような家族主義という伝統、人民公社解体時の財産の均等配分というスタートから、基層幹部が中間団体なき社会の公共性を支えていた2000年代、それに依拠しつつ土着勢力化を阻止したい中国共産党が導入した競争選挙とそれをめぐる混乱、著者が経験した農村調査の失敗について、家族主義者である中国農民に「よそ者」とみなされたというものから、習近平政権による農村基層幹部の締め付け強化によるものへの変化(著者が可能だったのは2018年が最後とのこと)、現在実施されている「新型都市化政策」が沿海部の大・中都市が国際競争にたえる高度人材育成を目的にするのに対し、新世代の農民工に都市的な公共サービスを提供することで、強固な政権支持基盤とする目的で実施されているとのこと、こうした全体的な枠組みがユニークな具体例(人物像)から語られることで読み物としても優れものになっている。ただ一人っ子政策による人口の縮小が著者が家族主義者という中国農民にどのような影響を与えるのかは気になるところ。中国指導部が硬直化する一方で、岸田政権はオランダ軍を沖縄に呼び込んだのに続き、ドイツ軍とも提携するらしい。世界的な破滅へのカウントダウンを加速化させることに意義を見出しており、すでに1930年代後半で、ますます原稿への意欲がわかないところ・・・。

中国農村の現在 -田原史起 著|新書|中央公論新社

尼崎市立歴史博物館「将軍尼崎出陣‐南北朝内乱と尼崎‐」

眼鏡騒動でGWの下準備が飛んでしまい、その代わりというわけではないが本日観覧。近世の太平記版本・画像などで合戦の経過を辿り(尼崎の女流画家清原雪信作という楠木正成像などもあり)、大覚寺文書の複製、多田院御家人の平尾家文書4点とその枝分かれで館蔵になった1点、館蔵の義詮発給文書1点(公家の「薗殿」宛)、館蔵の天龍寺関係文書3点、個人蔵の後光厳院宣と中世文書が盛りだくさん。なかでも平尾家文書は一部はその存在は知られていたものだが、新出もありそもそも現物にお目にかかるのは初めて。とりわけ軍忠状の記載は詳細で、尼崎周辺の軍勢の動きがよくわかるもの。花押の比定がされていないものもあるが、最後の後光厳院宣(リンク先のHP・無料配布のA3見開きパンフレットにカラー画像あり)以外は写真撮影も可能。また常設展示にも新蔵の東大寺文書(11種類の一斗桝の本当の分量が示された中世後期のもの)が展示。長らく閉鎖されていたHPも復活。

尼崎市立歴史博物館 第11回企画展のお知らせ |尼崎市公式ホームページ

「あまろっく」

本日の調整休講から6日までGW(29日は通常講義)。ちょうど1000円ということもあって近所の映画館へ。券売機は結構な行列で、中高年客主体で7割ぐらいは埋まっていた。ご当地ものということで以前からチェックはしていて、妙に評価ポイントは高いと思っていたが(レビューは帰ってから少し読んだ)、なかなかよくできたストーリー。早い時期での予想外の展開から、シスターフッドにむけての女優二人の掛け合いは劇場内も笑いあり涙ありで、最初の1994年のシーンからどこかで挿入されると予想していた出来事も、満を持しての登場。その当たりからは号泣で、ラストもほっこり。主題となった家族とは極北のアラフィフ独身でもなかなかせまるものがあった。

映画『あまろっく』公式サイト

姫岡とし子『ジェンダー史10講』

本日は枚方3コマ。京阪が意外なほど空いていて驚き、雨模様だったが、観光客は見かけず他大学も休講だったのだろうか・・・。ともあれ電車読書の備忘、著者名を信頼して購入していたもの。全体としては研究状況の整理が分かり、近代批判として歴史学パラダイムシフトに大きな役割を果たしたことが理解できるもの。ただ「女工哀史」を批判する外国人研究者による聞き取り研究が高く評価されているのは、当方が未読とはいえ大きな違和感。当人による積極的な意義づけがあったというが、日本人「慰安婦」にその時代がもっともよかったという証言があったように、もともと劣悪な家庭環境の出自で(製紙女工は零細小作、関西の紡績女工も近在の一般家庭の出身者がほとんどいなかったはず)、親(家)に貢献できたというのはよくあるパターン。また女工にもささやかな「青春」はあり、自分たちの労働に何ら意義が見いだせなければ人間心理としてやっていけず、証言することなく結核などで命を落としたケースも少なくなかった。無抵抗な「受け身」と評価されてきたいうが、男性中心的なバイアスはあったとはいえ労働運動研究も古くからあった(高井としをの伝記はここでも紹介した)。客観的な位置づけをスポイルすることは、「歴史修正」にもつながるもので残念。当方は観念論的・図式的フェミニズム研究には強い抵抗感があり、著者の日独紡績業比較は非常に実証的だと思っていたのだが・・・。

ジェンダー史10講 - 岩波書店

市立伊丹ミュージアム「酒を醸す、酒をたしなむ」

昔の眼鏡で仕事がはかどらず(ブログ検索によると、2014年10月に購入)、シニア向け地域史講義の写真撮影のため、昆陽寺昆陽池猪名寺廃寺・伊佐具神社を自転車でめぐり、その途中に立ち寄ったもの。近世史料から醸造・輸送・消費という全体像をおさえた企画展。館蔵資料だけでなく、伊丹屋諸白の暖簾がある「都万太夫座歌舞伎図屏風」も東京から展示。杜氏が100日働きとされているのも興味深かったが、いつも以上に文書を読むのがきつかったのが残念(幸い本日出来上がりを受け取ることができて、今は快適)。なお無料だが、古文書探偵「こもんくん」(某キャラクターに心做しか似ている・・・)の歴史謎解きゲームという企画を渡され、解答したら景品をいただいた。また購入しなかったが有料の図録なども販売。

旧岡田家住宅・酒蔵築350年記念 酒を醸す、酒をたしなむ | 展覧会 | I/M 市立伊丹ミュージアム

昆陽から伊丹に向かう有馬街道沿いで発見した一石五輪

なお帰路に「祈りの杜」前を通ったので、寄ろうかと思ったのだが、記帳を求められる。日勤教育を推進した管理主義的組織らしいといえばそうなのだが、慰霊の場に相応しいとは思えない。

萬代悠『三井大坂両替店』

引き続き電車読書の備忘。表題組織が行っていた借り入れを希望する顧客に対して、手代が調査した相手方の家族構成・人柄・業種・家計状態に関する身辺調査の記録(表題は「日用帳」)を分析したもの。何しろ史料が超一級で、家族間の不和・当主の放蕩など、相手方の史料を用いた先行研究では見落とされていた生々しい情報が明らかにされ、大変興味深い。その前提となる幕府公金を利用した延為替貸付という、債権保護を町奉行に訴えると最優先される仕組み、子供(丁稚)から元〆に至る出世の仕組みと待遇・給金といった組織論がしっかり押さえられており、構成としてもわかりやすい。その上で、このような両替商がおこなっていた信用調査が都市大坂の構成員に対する「防犯カメラ」として機能しており、それを抜きにした社会史研究がありえないという提起も重要。なお本書では言及されていないが、通俗道徳・勤勉という価値観が「優良顧客」たりうるという功利主義的意識に支えられていたことも、脱落者が「自己責任」を追求されるというのと表裏の関係にあったことを想定されるもの。ただ198頁摂津国西成郡下福島村は、飛び地かもしれないが普通は西区ではなく福島区とすべきではないか。

三井大坂両替店 -萬代悠 著|新書|中央公論新社

奈良国立博物館「空海」

本日、朝1中百舌鳥の帰路に立ち寄る。外は7割以上がインバウンドだったが、中はその逆ぐらい。タイトル通り、空海その人にこだわった企画で、修理されたという高雄曼荼羅(前期は胎蔵界)など9世紀のものが盛りだくさんで、自筆本も多数。同時代のジャワの寺院跡から発掘されたという密教関連の仏像・法具も興味深い。また建久5年の「胎蔵図像」は、園城寺で治承五年三月二日に請け出し、養和元年七月十八日に完成、元暦二年二月廿八日に校合したという奥書があり興味深いところ。また地名辞典にもとられていたが、承安二年書写の「十住心論」は、永正六年三月に「境常楽寺多聞院弘賢」の所持奥書がある。塀で囲まれ、門前に群集が描かれた神泉苑がみえる「山水屏風」も興味深い。なお珠洲市法住寺蔵の鎌倉期の「不動明王坐像」の震災を乗り越えたとのこと、よくぞご無事で。

https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/202404_kukai/