wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

「生きろ 島田叡ー戦中最後の沖縄県知事」

本日は朝一リモート、その後は月曜ゼミ準備のため千里山図書館で論文探索。全科目リモートのはずだが、そこそこ学生をみかける。初期鎌倉幕府政治史をはじめピッタリはまるものがなく悩んだが一応決着をつけて、帰路に表題の映画鑑賞。昨年投げ銭の見返りにもらうはずだったチケットをようやく引き取りそれを利用。水曜サービスデーだったこともあり、20名ぐらいは入っていた。当時の写真・生存者と遺族へのインタビュー・米軍の記録フィルムを用いながら、内務省キャリアにもかかわらず東京勤務が一度もなかったという島田叡が大阪府内政部長から45年1月に沖縄県知事に赴任し、自決前に「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」を打電した大田實海軍司令官との交流、住民疎開・台湾からの米確保などの施策、米軍の沖縄上陸から首里撤退をめぐる牛島満司令官との軋轢、絶望的な南部への逃避行、周囲には生き延びることをすすめながら、自身は死に場所を求めて消息不明(20年後に自決の目撃証言が出たが真偽不明とされる)になるまでを描いたもの。家族の反対を押し切って県知事に赴任し、戦争協力の一方で住民保護を指向するという矛盾した立ち位置を極端に美化することなく、沖縄戦の実相を証言と石原昌家氏の解説も交えて示し入門編としてわかりやすい。米軍に投降した住民が日本兵の処遇について問われ「死」を望んだというのも生々しい。ただ住民の南部待避の惨状を説明するのに、降伏後の米軍フィルムを用いたのはやや違和感。

映画「生きろ 島田叡ー戦中最後の沖縄県知事」公式HP