wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

林英一『残留日本兵』

本日はお呼ばれの市民向け講演会。年配の熱心な受講者に助けられ、何とか無事に終えることができた。ご清聴ありがとうございました。残念だったのは午前中の時間の使い方が悪くり、途中どこへも寄ることができず、片道90分を往復するだけになったこと。しかも天気を見誤ったため、帰宅してから雨のなかを買い物に出る羽目になってしまった。いつもながらの判断力の悪さが、中年ODという現状に直結している悲しさ。そんなこんなで電車読書は進み、読了したのが本書http://www.chuko.co.jp/shinsho/2012/07/102175.html。書店で著者の単行本が平積みされているのを見かけて、若い人だと思ったという記憶もあって(1984年生まれ、本書が日本語の単著で4冊目らしい)、購入してみたものだが・・・印象はすこぶる悪い。あとがきで自ら「アジア各地で発生した残留日本兵のとりあえずの見取り図を示したカタログに過ぎない」と記しているように、1人につき半頁から数頁で残留に至った事情とその生活についてひたすら羅列されているだけ。「地獄の黙示録」的な世界を作り上げた中野学校出身者から、アジア主義者、逃亡兵、もと移民、植民地出身者など、ルーツと行動様式は多様で、東南アジア各地に経済進出した商社に雇用されるなど、それぞれの姿は興味深いのだが、掘り下げが不足したまま多様だといわれても、読む側はストレスがたまるばかり。その根本的要因は終章の最後が「戦後日本への挑戦状」と締めくくられているように、著者の関心が「戦後日本国民国家」批判に向けられ(小熊英二門下らしい)、残留日本兵はその道具立てとして利用されているためだろう。そのため発生までの歴史的経過と、各自が有する帝国意識と国民意識などからみて一括できないものを、「残留日本兵」として一書にまとめられたため問題関心の異なる当方には強い違和感を感じるものになった。なおあとがきの最後は「天皇陛下の御下賜金により創設された日本学術振興会育志賞を授与された」ことで締めくくられている。このような賞が創設されていたことは初めて知ったがhttp://www.jsps.go.jp/j-ikushi-prize/index.html、学術予算の不足を皇室費という恩恵で補填するという明治憲法的状況がこの分野でもすでに復活しているようだ。戦後体制は著者が批判するまでもなく遠い昔ということか。