wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

川口琢司『ティムール帝国』

今週は大変暑かった。アレルギー性鼻炎も相変わらずで、そのうえ先週土日の東京疲れが出たのか、電車読書も進まずようやく東京へも連れて行った本書を読了。後期の講義のこともあって(一言触れるだけだが)、全くイメージのないテーマだったため衝動買いしたものhttp://bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2585731モンゴル帝国内のチャガタイ・ウルスに生を受けた弱小部族出自のティムールが大帝国を形成した経緯とその特質を論じたもの。当時の社会にはチンギス統原理があったため、傀儡のハンを擁立したアミールとなりハンの娘聟として振る舞ったこと、遊牧文化の影響を受けながら農耕・遊牧地帯の境界地域の都市に基盤をおいたこと、その血を引くバープルは中央アジア遠征に失敗して北インドムガル帝国を樹立したことなどを知ることができ、「遊牧君主」「イスラーム君主」「ペルシア的君主」という像が否定され、中央アジアの複雑な状況の一端を観ることができた。ただ一次史料はほとんど残されていないようで、ペルシア語・アラビア語・テュルク語などの良質なものからプロパガンダまでの歴史書によっているため、チンギス王家との婚姻関係による正統性の確保など政治史が中心で、人名が多数出てきたためなかなか理解が難しかった。さらにウルス(モンゴル語の国家)という用語が最初から頻出するのに、末尾近くで一から説明があるのはどういうことなのか疑問。また日本人研究者が先行した分野があり、それをアメリカ人研究者が批判的に継承したとあるが、使用言語はずっと英語だったのか気になるところ。なおあとがきによると本書は専門書を読んだ編集者がわざわざ北海道まで著者を訪ねて依頼したものだという。そういえば思いがけない書物が売れているらしいが、当方には全く何も依頼がない。やはり専門書が評価されていないということなのだろう。