wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

増田昭子『種子は万人のもの 在来作物を受け継ぐ人々』

以前から気になりながら購入を逡巡していたのだが、先々週末の研究会後の会話で思い出し衝動買いしたもの。民俗学的手法で雑穀研究を行っている著者が、沖縄・関東・福島などのフィールド調査の記録と文献史料に基づいて種子に関わるあれこれをまとめたもので、雑ぱくではあるが論点は非常に興味深い。他人の種子をもらう場合は「ただ」では実がならないとされ、「倍返し」との伝承もあるということで、刊行後に放映されたテレビのパクリではなく当然に出挙が想起されるもの。種子が最低でも翌年の収穫まで保存され、場合によっては100年前のものが播取され生育した事例もあること。伝統農法として多種の種子を少しずつまく混作があり、畝をつくるなどの作業工程を省略できていたこと。同一種子の連作は収量の悪化を招くため、神の前での種子交換や、巡礼などにより新たな種子がもたらされたという事例や、弘法大師の種子盗みといった伝承があること、など中世史研究でも前提として理解しておかなければならない事例が多数紹介されている。なお後半部分で近世以後の権力の備蓄政策と郷蔵の機能が論じられ、それはそれで興味深いのだが、年貢徴収のための種子農料備蓄と飢饉対策としての雑穀備蓄が充分に区別されていないのはやや問題。そうはいってもほとんど論じられていない、雑穀の備蓄方法・流通などについて、とぼしい文献史学からも意識して追及すべき課題だろうhttp://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54012205/。講義が再開すると今度はノドが壊れてしまい、熱も出て相変わらず体調不良が続いている。本日は二件ほど電話があったが余りにも声が出ないことに驚かされる。明日はマイクなしなのでなんとかがんばらなければならない。