wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

飛田範夫『大坂の庭園』

本日は頂き物の商品券があったので、仕事前に妄想面接用の靴をデパートのフェアに寄って衝動買いする(現実には三ヶ月前に出した公募はもう決まっているだろうし、今出ているのも出来レースの可能性が高く、単にすり減ってきたものを新しくするだけに終わりそうだが・・)。急いでいたため最初に目を付けたものに決めてしまったが、より安くて実用的なものを見つけてしまう。その上にレジ係相手に商品を選び直しをしている客がいて全く進まない状況。相変わらずついていない日々が続いている。電車読書のほうは水曜日の病院待合もあり、夏前に購入して積んであったものを読了http://www.kyoto-up.or.jp/book.php?id=1820。金曜日の講義で大阪の通史をやっているのと、目次の植木屋・花屋・石屋・縄問屋に惹かれてしまったため。全体的に文献の渉猟が甘い概説の域を出ず、保存運動にかかわらず業者が建物を破壊してしまってから塩漬け土地になって発掘調査がされるという無残な状況になった平野屋新田会所について、項目を挙げておきながらその経過については全く触れられないなど、問題点も感じられるところだが、いろいろ勉強にはなった。史料ネットの活動で知った宝塚の植木屋が近世以来の産業であること、花の産地が近世は玉造、近代は長居が有名だったこと、近世大坂が石問屋があり扱っている商品には白河の石など中世に確実に遡ることができるものがあることなど、やはり都市近郊産業のあり方は興味深い。料亭も浮瀬に代表されるように大坂三郷中心部ではなく、近郊の風光明媚な地にあり逆に近代になってことごとく廃絶してしまうことなど、商都から工業都市へという転換の大きさが改めて感じられるところ。この地の歴史の深さとともに過去との断絶と忘却の激しさを、それを促進する首長の登場という近年の事態とかぶりながら考えされられた。