wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

池内敏『日本人の朝鮮観はいかにして形成されたか』

本日は某自治体史の初会議。気心の知れたメンバーで、地域も面白そうなのだが、スケジュールは結構タイト…。そういうわけで、ようやく表題書を読了http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062207928。著者とタイトルに惹かれ衝動買いしたもの。とかく蔑視が強調されがちなテーマに対して、むしろ「日本人の朝鮮観」は決して固定的なものではなく、忘却と再発見を繰り返すなかで事実と認識のズレが振幅を広げてゆくところにその形成過程の特質が見いだされる。として近世から植民地期までのトピックを紹介しながら、全体が構成されている。朝鮮蔑視観の強められた「中世的神功皇后三韓征伐」については、当方も講義で取り上げることがあるが、近世段階での無限定で広範な浸透を想定するのは難しいとし、近世日本の特質としてあげられる「武威」も、直接連続するのではなくむしろ具体的な実力行使の経験・歴史をもたなかった層によって肥大化し、近代を規定したとする。また朝鮮漂流民・通信使・日本からの漂流民などの様相を通じて具体的な交流やリアルな認識を示しており、それも興味深いところ。また「鮮人」という用語についても一斉に上から強制されたものではなく、本来的には地理表現として実務的理由から用いられ始めたことが実証されており、領土認識についても為政者には自制的な態度が幕府から明治期まで存在したことが示される。固定的な朝鮮観の強調はあたかも本質的であるかのイメージをもたらすこともあり、別の可能性を過去に見いだすのは歴史学ならではの方法として勉強になった。ただある程度の研究状況などを理解できていないと、変な誤読も生みかねないのが悩ましいところ。