wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

姫路文学館「生誕140年記念・辻善之助新資料展」

本日は姫路で別件の会議。当方も関わった報告書をいただいたのだが、これについては頒布方法が決定してから紹介します。午前中で会議が終わったので、他の出席者お二人をお誘いして表題の展覧会を観覧http://www.himejibungakukan.jp/events/event/tsuji/。当館は昨年夏にリニューアルしたのだが、諸事情もあってはじめての訪問。常設展は姫路の文学史がテーマで、すべてレプリカだが風土記・正明寺文書・龍野町宛制札なども展示されており興味深いが、姫路周辺の古代から近世までの景観変遷のイラストは少し微妙か。また天正期成立と解説にある赤松一族の歌集なるものがあり、貞範の歌が紹介されていたが恐らく仮託。ただどういう経過でこのような作品が成立したかは興味深いところ。また姫路(播磨)出身の文化人が多数紹介されており、柳田国男三上参次和辻哲郎をはじめそうそうたるメンバーが並んでいた。その一人が辻善之助で、姫路で生まれ東京大学に進学した、言わずと知れた仏教史のパイオニア(1877~1955、ただし当方は膨大な著作を眺めたのみ)。その遺品12000点が遺族から寄贈されていたようで、その一部が展示されている。桂米朝展でも思ったがとんでもない記録魔で、外遊時の絵はがきはナンバリング、コイン・チケットは台紙に整理され、蔵書目録カード、花屋・洗濯屋などからの領収書、新聞切り抜きのスクラップブックなどが残され、ラジオ放送の誤りをメモした記録(殿上・堂上などの歴史用語)まで存在。もちろん研究に関わる旅行記・日記・大日本仏教史料綱文や、講演用の10×5㎝ほどの紙を束ねたメモなども残されている。さらに姫路の酒井家史編纂や、本人が皇紀2600年記念事業として提案した「宸翰英華」(敗戦で事業中止にならず47年に完成したというのにも驚いた)の刊行計画があり、現在なら事務方が行う経費に関する項目も示されていた(本人が計算したのかは不明だが)。やはり大学者というのは恐ろしく整理能力のある人物なのだと実感でき、当方の無能さを改めて痛感する次第。なお一部史料は館内のデジタルアーカイブでも閲覧できるようだが、プライバシーに配慮するとして日記・書簡は非公開。日露戦争・2.26事件・皇紀2600年と関わる著者の絶版要請・日米開戦・敗戦時のみがパネルで活字化されていたが、それ以外の部分についても気になるところ。