wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

奈良国立博物館「忍性ー救済に捧げた生涯ー」

昨日は奈良。まず図書情報館で報告書・自治体史を漁りいくつかはコピーできたが、大半の中世文書は活字かすらされていないらしい。存在が紹介されてから数十年が経っており、現物がちゃんと残されているのかも含めて気になるところ。バスで県庁まで戻り中世都市研究会。昨年度に引き続きの参加となったが、出席者が非常に多く懇親会も80名弱はいたような気がする。相変わらず腰は重たかったが、何人かの方々とはご挨拶できて有意義な機会となった(前エントリーの内容も直接本人に伝えた)。実はその際に討論で当てるかもといわれていたのだが、結局本日は明日の研究会のレジュメ作成に当てることに。もともとその予定だったのだが、いろいろ言われて少し迷ったためお断りしないままとなった。申し訳ありませんでした。何とかレジュメの目処が立ったため、昨日企画者から見所の説明をうけて見学した展覧会の備忘http://www.narahaku.go.jp/exhibition/2016toku/ninshou/ninshou_index.html。生誕800年という鎌倉期の律僧忍性について、肖像と伝記、額安寺時代、西大寺時代、筑波時代、鎌倉極楽寺時代、勧進僧の時代に分けて、その生涯を展示によって紹介したもの。多田院の修造棟別・四天王寺石鳥居の造立の意味など社会経済史から関心をもっている当方などからすると、やや宗教的すぎる印象も受けたが、極楽寺の忍性木像が寿像の可能性が高いことなど新発見の成果によるいろいろと興味深い一級品を観ることができて有益だった。「東征伝絵巻」が忍性が唐招提寺に奉納したというのも初めて知ったが(自署らしきものがあり、会場・図録の表題として用いられている)、図像が独特で棺桶も恐ろしく平べったく描かれており、左右の位置関係も少し違和感。異国での出来事のためあえて異なる図像にしているのか気になるところ。また額安寺・竹林寺極楽寺の忍性塔の納入品をまとめて展示しておりみどころの一つとなっているのだが、行基墓出土のものを模したという奈良二寺の青銅の骨蔵器(鎌倉のものは形が相違)など、金属器・石製品の手のかかりように比べ、骨壺の焼き物がせいぜい瀬戸や素焼きに近いものまで非常にしょぼいこと。詳しい方にお伺いすると高野山など全国から納骨されるところを除いては、わりとよくあるとのことだったが何か腑に落ちないところがある。なお忍性は渡宋を希望していたが実践を期待され他の叡尊弟子が渡航したとのことだったが、律僧の対外意識というのも気になるところ。なお久しぶりに図録を衝動買いしたところ、専門家の論説とともにDVDが収められ、10分の忍性の生涯を動画(セル画を回すのではなく、絵巻風に場面を動かしていくもの)が付録としてついていたが、狙いはよくわからない。なお土曜日の夕方だというのに一斉に向かった研究会参加者以外の客は数えるほどだった。この間の絵巻展が軒並み溢れかえっていたのとは大きな相違。