wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

神奈川県立歴史博物館「源頼朝が愛した幻の大寺院 永福寺と鎌倉御家人」

昨日は東京に行き、朝一から国会図書館、午後は研究会に参加。中身を全く知らないまま確認した書籍に思わぬ新出史料があり、久しぶりにお話しできた方が多数という日になった。夜はそのまま宿泊し、本日表題の展覧会を観覧。鳥羽・平泉の延長線に位置づけられ、室町には退転してしまった永福寺について、民間での採集・発掘調査の成果と残された文献から往時の姿をたどるとともに、東国に残る永福寺式軒瓦が出土する寺院を紹介したもの。いろいろ興味深く、見慣れない絵巻物「頬焼阿弥陀縁起」(町の局なる人物による造仏とその後の霊験譚、解説は14世紀初頭とするが邸内が総畳張りなのは違和感)が全巻掲載されていたこともあり、図録も購入してみた(2420円。それにしても高くなったもの、2015年刊のものは半額セールで352円)。それによると軒瓦使用は頼朝の近臣集団・外来勢力が、頼朝・鎌倉幕府との関係をアピールするために利用されたとするが、豊臣大名の金箔瓦は秀吉側の主導性で捉えられているように感じるが、こちらは御家人側の選択が強調されているようにみえ、そのあたりのズレが気になるところ。はたして鎌倉期でも御家人が本当に選べるのか。なお瓦の値段の高さが強調されているが、内裏すら瓦葺きではなく規範の問題(もしくは建物全体の構造)として考えるべきではないのか。

【特別展】源頼朝が愛した幻の大寺院 永福寺と鎌倉御家人―荘厳される鎌倉幕府とそのひろがり― | 神奈川県立歴史博物館