wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

弘末雅士『海の東南アジア史』

本日は千里山最終回、休日ダイアのため接続が悪かったがとにかくあとは試験だけ。電車読書のほうは以前に港市についての著書を読んだことがあったため、衝動買いしていたもの。主に現インドネシア地域を中心に、16世紀から現代までの社会の変化を、外来者であるヨーロッパ人・華人などとの一時的婚姻関係を結ぶ現地女性(ジャワ語で「ニャイ」と呼称)の位置づけを軸にたどったもの。当初は現地側が外来者が一時的婚姻関係を結ぶことを求め、その出自も高く、商取引などでも重要な役割を果たし、子どもが認知されるとヨーロッパ人として扱われた(日本史でいうと貴種と豪族の娘というところか)。その後のイスラームの浸透によって現地の首長層が娘を差し出すことは減少したが、「ニャイ」の媒介的性格は継続していた。19世紀になると現地ヨーロッパ人(ユーラシアン)と首長層と協力関係から、植民地支配に変化し本国の統制が進行し、「ニャイ」の地位も低下し、本国からはユーラシアンを堕落させる存在、原住民側からは犠牲者とみる視点が登場し、植民地当局の姿勢もあって自立運動の主体がユーラシアンから原住民側に移行することになる。実態としてヨーロッパ人男性と現地女性の婚姻数は増加していたが、民族間の緊張関係は増大し、大日本帝国の占領期にそれは決定的なる。インドネシアが独立するとユーラシアンの多くはオランダ国籍を選択することになり、1965年9月30日事件では華人共産党シンパとみなされ多数が虐殺される。こうしてゆるやかなネットワーク社会から国民国家システムへと移行していったという。長期の社会変化を媒介者の位置づけからみるというのは興味深く、秋の講義の準備としてもいろいろ勉強になった。最後に著者の研究遍歴も記されており有益(リード門下というのもはじめて知った)。ベトナムカンボジア侵攻はそこまでマイナスイメージがないのだが(相手がなにしろポルポト)、東南アジア研究者にとってはかなり衝撃的な事実だったようだ。

筑摩書房 海の東南アジア史 ─港市・女性・外来者 / 弘末 雅士 著