wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

佐藤靖『科学技術の現代史』

本日はルーティン姫路。昨日の公務出張で一日中外回りをして火傷に近い日焼けをしたせいかヘロヘロになりながらなんとか終える。そんななかでようやく読了したのが表題書。

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これまた秋の講義準備を念頭に置いて衝動買いしていたもの。第二次大戦後のアメリカを素材に現代科学技術の歴史を、1960年代までの軍産複合体のなかで巨大化・複雑化が進み、少数のエリート科学者が政治的発言力を持っていた時期。デタントもあって巨大科学技術が失速し、分散型・ネットワーク型のシステムが現れ始め、科学技術の不確実性やリスクへの認識が高まった1970年代。産業競争力強化が重要な政治課題となり、科学技術の経済的価値が追求される一方で、レーガン軍拡が連邦政府の財政を圧迫した1980年代。冷戦終結により、巨大軍事科学技術が縮小し、ネットワーク化の傾向を強め、インターネットの普及によるグローバル化の進展、技術開発の国際標準化とデュアルユース推進政策が採用され、国境の壁と軍民の垣根が低くなった1990年代。費用対効果・実証的なデータが重視され、リスク対応の際に利害関係者や市民の関与も必要と考えられるようになる一方で、イノベーション重視の風潮が大学の科学研究さえ定量的データで評価されるようになっている2000年代。と簡潔に全体状況が整理され、AIによる管理社会化・実証的データ万能主義・バイオテクノロジーの社会への応用により新しい科学技術と国家の関係が要請されているとし、技術決定論はミクロなレベルでは否定されるがマクロなレベルでは一定の妥当性をもち、技術が事実上の自律性を獲得しており、国家の側の意識と体制の変化なしには、技術と経済的合理性の論理にのみ込まれかねないことが危惧されている。全体の整理としては非常にわかりやすく、とくに現代史と現代中国的合理性の陥穽が示される一方で、著者自身は強く述べないが、世界の大きな変革が求められていることもよくわかる。もっとも日本は単にGDP比が急速に低下していくことが示されているのみだが…。