wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

豊後旅行記

先週はゼミ旅行に紛れ込んで豊後の史跡をめぐった。14日6:00新大阪発の新幹線で小倉、駅でかしわうどん大盛りの朝食をすませ臼杵駅着。タクシー往復(計4000円弱)で行程に入っていなかった臼杵磨崖仏を見学。やや順路説明が不親切だったが、ものはさすがで石造物も多数ありじっくり見たいところだったが30分程度で戻らなければならなかったのは残念。12:00に集合して地元の方(折しも同年齢と言うこと)に臼杵城・城下町を案内していただく。幾度か津波で打撃を受けているようだが、戦国段階の町割りがかなり残っており堪能することができた(直良信夫の生誕地でもあるという)。夕方大分駅に戻り一行とは別れ、学部時代の先輩Sさん(現姓は異なるが)と卒業以来の再開。雰囲気は全く変わらず懐かしい時間を過ごすことができたが、平日のため飲み明かすというわけにいかなかったのが残念なところ。15日は豊後府内をやはり地元の方の案内でまわり、以前とある事情で訪れた際に台風で阻止された府内町をじっくり見て歩く。圧巻は大友館・万寿寺跡のマンション・病院までも買い上げて、史跡として整備する計画が着々と進行しているところで、こちらでは考えられないような行政の保護に驚かされる。無理な復元建物の建築などにはしらずじっくりと調査できれば、最先端の事例になるだろう。夕方の空き時間に安宿でPCが利用できなかったこともあり、はじめてネットカフェに入ったのも貴重な経験。16日はやはり地元の方に車を出していただき、高崎城・柞原八幡宮・勢家津・近世府内の外堀をめぐる。高崎城の縄張りはそれまで見たものと全く異なりにわかに信じがたかったが、いろいろ勉強にはなった。夕方日田に向かう高速バスが霧で遅れたのは予定外だったが、怪我の功名で野焼き直後の黒ボク土が露出した山を見ることができた。夜は珍しく高級旅館で川魚が非常に美味で、夜の飲み会のあての鳥料理もいけた。17日はやはり地元の方に案内していただき日田の町と城めぐり。思った以上に開けた町で近世の豊かさを実感できるところ。ただしどうみても中世寺院にもかかわらず城と城下町(15世紀後半で瓦葺きの屋敷に集住!!)と評価して発掘している点は、城という伝承地名からの予断の恐ろしさが身にしみた。いずれにせよ若い院生・学生の活躍と地元の方のしっかりとした案内で充実した旅行になった。御礼申し上げます。写真左は臼杵磨崖仏前の満願寺に位置する鎌倉期の日吉塔と呼ばれる石造物(空洞にネコが座り大きさがわかる)。右は大友館で見えているマンションも撤去の予定だという。
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