wsfpq577’s blog

日本中世史専攻、大学非常勤講師などで生活の糧を得ていますが(求職中)、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

2023年新春のご挨拶

つつがなく新年を迎えることができました。ご厚誼に感謝申し上げますとともに、本年も変わらぬご指導・ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
昨年は久しぶりに遠方へ出かけることもでき、忙しくも充実した日々を過ごすことができました。なお私こと、本年3月末をもって、7年間週二日勤務を続けてきた兵庫県立歴史博物館ひょうご歴史研究室を退職することになりました。内外とも先行き不透明な中、また新たな生活リズムのもとで過ごすことになりますが、しばらくおざなりにしていた研究テーマにも取り組み、しっかり生き抜いていきたいと思います。

 

奈良国立博物館「春日大社若宮国宝展」

先日たまたま知り、淀について報告することになったため、春日関係の写真帳を図書情報館に見に行かないといけないと思っていたこともあって本日観覧。圧巻は春日若宮大般若経厨子で、寛元元年十月に尼浄阿が600巻を書写して奉納し、あわせて所領を寄進したことが厨子に白墨で記されている。そこから浄阿は藤原季行娘六条局の姪で、宜秋門院・春華門院女房で大和に所領を有し、奈良にも屋地をもっていたことがわかり、経巻にも関係者の名前が記され興味深い。また若宮神宝の一つである毛抜形太刀には笹をバックに雀を捕まえる猫の絵が描かれており、義経所用という由緒を持つ赤糸威大鎧にも同様の図柄がある。後者は「竹虎雀飾」と出品目録にあるが、縞模様ではないので猫とすべきだろう。なお特展としては小ぶりのため新館でも名品展が行われていたが、海住山寺所蔵の釈迦三尊十六羅漢像が建武五年二月に開眼供養がおこなわれ摂津国難波村新別所に奉納されたという驚きの情報(3月に天王寺・安部野合戦)。さらに仏像館で特別公開されている巨大な金剛力士立像は延元四年と明記されている。この時期に吉野でこんなものをつくるというのも驚き。県庁前から図書情報館行きの1時間に1本のバスの時間にあわせるためタイトだったがいろいろ勉強になった(史料閲覧は「河上五ヶ関」1点でピンポイントはなかったが兵庫関連をひたすら入力し、こちらも成果)

春日大社 若宮国宝展 | 奈良国立博物館 

明日リモートの自治体史会議で本年のスケジュールは終了。こちらの更新も新年のご挨拶からということで、皆様よいお年をお迎えください。

中島圭一編『日本の中世貨幣と東アジア』

本日は本年最後のルーティン姫路。とあるところに手を回していただきとりあえず大学Ⅰコマ増えた(まだまだ募集中です)。相変わらず行き帰りとも爆睡しているが、水曜日に空き時間があったこともあり、割引で購入していた表題書を読了。貨幣・手形に関して、中世前期から近世初期までの14の論考からなり、この分野の最新の知見が知られる。不勉強だったが、琉球の重要性(15世紀には日本へ銭を輸出していた)、東ユーラシアレベルでの比較(各地の出土銭種比がほぼ一致する一方で、大銭が装飾品となるのは北方のみ)、戦国期の地名為替から山田羽書への展開に関する伊勢御師の活動をもとにした精緻な研究など、いろいろ勉強になった。ただ科研グルーブ内にもかなり見解の差はあるようにみえる。また経済学研究者は割符を「貨幣的文書」と理解しているようだが、伊勢御師という確かな媒介者がいる戦国期の状況をみても違和感。座・問丸などを抜きにやはり考えられないと思う。

日本の中世貨幣と東アジア [978-4-585-32519-2] - 3,520円 : Zen Cart [日本語版] : The Art of E-commerce

佐野貴司・矢部淳・齋藤めぐみ『日本の気候変動5,000万年史』

本日は千里山2コマ、明日締切の試験問題は用意していたのだが、先々週もらっていた封筒を忘れ再発行してもらうという大失態、いろいろボケている。電車読書のほうは日本列島が大陸から分離し始めるのが4400万年間とのことで、2400万年前まで、夏季モンスーンの誕生、日本海の誕生、火山活動による山地形成、黒潮対馬暖流、冬季モンスーン、氷期、最終氷期以後について、植物化石の形状と二酸化炭素濃度(濃ければ温暖化し、薄ければ寒冷化)から概観したもの。漸新世の3390万年前~2303万年前の端数はどこからわかるのか、320万年前以降の深海の水温がどうしてわかるのか、などはっきりしないところもあるが、地球史上のイベントが気候にどのような影響を与えているのか何となくは理解できた。火山噴火は寒冷化の要因と思っていたが二酸化炭素を大量に排出することで温暖化の契機にもなったというのは初めて知った。

『日本の気候変動5000万年史 四季のある気候はいかにして誕生したのか』(佐野 貴司,矢部 淳,齋藤 めぐみ):ブルーバックス|講談社BOOK倶楽部

市立伊丹ミュージアム「信長と戦った武将、荒木村重展」

怒濤の二ヶ月から少し余裕ができ、本日午後に観覧。村重の登場(北河原森本氏所蔵文書などそれ以前のものもあり)、有岡城の発掘調査成果、文化人としての村重(家臣に観世流があり、村重が恩給した鳥養牧関連の文書が能楽研究所観世新九郎家文庫なるものにあり出品)、三木合戦とその後の村重、が4つの展示室を使って示され見応え充分。日曜午後ということもあって観覧者もそれなりにあった。ただ現場に出品目録なし(ネット上には存在)、展示室が離れ導線が不明瞭、さらに江戸時代の酒造施設をもつ町家などと統合した施設のうち特別展部分のみが有料でその区別もわかりにくい(駐輪場が酒造側にあったのでなおさら)。なお無料部分の常設展でも伊丹氏の記述はわずかで、荒木から近世伊丹郷町がメイン。せっかく名字の地なのだからもう少し推してもよいのでは。自転車で20分ほどだがやはり寒かった。

リニューアル・オープン記念 信長と戦った武将、荒木村重展 | 展覧会 | I/M 市立伊丹ミュージアム

浜本隆志『笛吹き男の正体ー東方植民のデモーニッシュな系譜』

本日は岡本2コマ、登録3人の2限は先週0でどうなるかと思ったが今週は1で複雑。電車読書のほうは目次をみて衝動買いし積ん読順序を早めたもの。前半はハーメルンの笛吹き男による子ども失踪事件の謎解き。事件発生を「ヨハネパウロの日」というキリスト教殉教者追悼の日ではなく、その4日前の異教的な「夏至祭」のどんちゃん騒ぎに乗じて起きたとし、失態を隠蔽するために動かされたとする(著者の言によるとオリジナルの説)。笛吹き男の正体は東方植民をリクルートするロカトールだとし、農奴など新天地を求める大人たちに子どもが集団催眠のように随行したのが実態と評価(ドイツ人言語学者が東方の地名から主張している説を追認)。そこにはドイツ騎士修道会という当人は妻帯しないため、ロカトールによる農民のリクルートが植民活動に不可欠という前提があったとする。さらに騎士修道会のワシの紋章がプロイセンを経由してナチまで受け継がれていることを例示して、ドイツナショナリズムの「東方への衝動」、第一次世界大戦末期の餓死者からの「東方生存圏」構想、SSが金髪・碧眼の女性と性関係を結びアーリア民族を創出するというレーベンスボルン(生命の泉)政策による占領地における子どもの拉致を系譜として結びつけたもの。「笛吹き男」の「東方植民」「集団妄想」が時代を超えて連鎖する様相は大変興味深い。それにしても大日本帝国のただただ泥縄で野蛮な政策に比して、ナチのおぞましさはやはり際立っている。

筑摩書房 「笛吹き男」の正体 ─東方植民のデモーニッシュな系譜 / 浜本 隆志 著